夏の小旅行も終了し、夕方、彼らは帰ってきた。
「、送ってくー」
「いいよ、拓と帰るし」
「まだ怒ってんの? マジで、からかったことは謝るからさあ」
「いや、そんなんどうでもよくて。何か申し訳ないじゃん。拓だったら、通り道だし」
にすがりつく亮介を横目で見て、水沢が呆れ顔を見せた。
今朝から、が亮介から逃げ回り、水沢にベタベタしていたのだった。毎度のことながら、巻き込むのはやめろ、と水沢のその目が語っていた。
「、俺はちょっと寄ってくところがあるから」
「えっ、そうなの!? むー、じゃあわかった。一人で帰る」
「、俺!」
「あーもう、わかったよ。うっさいなあ」
各々帰途につき、手を振った。隣には満足そうな亮介。
いくらないがしろにしても、結局自分も亮介が好きだから、こうなるのは必然だった。それは周囲もわかっているのだから、今更照れ隠しで亮介をないがしろにする必要などなかったのだ。
「アホらし」
「ん?」
「何でもない。それにしても、疲れたなあ」
まだ日は高い。暑いので、歩いて帰るのがつらい。今まで楽しかった分、なおさらだ。楽しい時間も終わりを告げると思うと、体が重くなる。
「楽しかった?」
「うん。すごく。ありがとう、誘ってくれて」
「俺がと遊びたかっただけだし。俺としては毎日でも会いたいくらいなんだけど、そうもいかねーし、むしろ俺のほうが、来てくれてありがとうって言いたい」
亮介はいつでも外に連れ出してくれる。
その手をとって一緒に歩くだけで、今までとは違う世界を見ることができる。
「まあ、欲を言えば、もうちょっとと一緒にいたいけど」
「うーん、そうだね。じゃあ、家に誰もいなかったら、私の部屋に入れてあげる」
「マジで?」
「うん。誰もいなかったらね」
少しでも長く一緒にいたいと思う気持ちは同じだ。このまま楽しい時間を終わらせるのはもったいない。
「、ちゅーしていい?」
「誰もいなかったらね」
「いや、今ここで」
「それはダメ。場所考えて。ご近所さんに見られたら最悪じゃん」
近所で噂になって、家族の耳にでも入ってみろ。その瞬間に二人の仲は引き裂かれるに違いない。は笑って亮介に軽く肘うちを食らわせた。
「じゃあ家で」
「うん」
「やらせてください」
「えいやっ」
「うっ!?」
二度目の肘うちは見事に入った。
腹を押さえて体を折り曲げた亮介を見下ろして、は悪びれず笑う。
「……そりゃないでしょ……」
「やだもう、本気?」
「当たり前だろ、以外に本気でこんなこと言うわけないのに、ひどい」
「そうだねえ」
亮介から目を逸らす。ただ、差し出された手はしっかりと握りしめた。
「――誰もいなかったらね」
小さな声で囁いた言葉は、亮介の耳には届かなかったようだ。そう言えたのは、家には誰かがいるはずだと思ったからだ。父は仕事で忙しいが、母はいるかもしれないし、サツキも夏休みだ。
だが、の思惑は見事に外れた。
「ふう、まあいいや。どうぞ」
「まあいいやって何」
「何でもない。ほら、入ってよ。早くしないとお父さんが帰って来ちゃうよ」
亮介の背中を押して、家の中に押し込んだ。ただいまと言えばいつも誰かが応えてくれるのだが、今日に限って誰もいなかったのだ。
「あいつは?」
「サツキのこと? 友達と遊んでるか、女の子とデートか、図書館で勉強してると思う」
「図書館で勉強っつー選択肢があるってのが、信じらんねえんだけど」
「サツキはあんな格好だけど勉強ができるっていうギャップを売りにしてんの」
適当に受け答えをして、ドアを閉める。
亮介がこの部屋に入ることは極端に少ない。彼が父と弟を苦手としているからだ。今も、いつあの二人が帰ってくるかとそわそわしている。
見ていて面白い。はうちわで亮介を扇ぎながら、クスリと微笑んだ。
「、やっぱり俺、帰った方がいい気がしてきた」
「えっ、何で?」
「も、ほら、勉強」
いきなりの気遣いに、はぽかんとしてしまった。
うちわを持ったほうの手を掴まれ、動きを止めた。
「な?」
「え……」
戸惑った。立ち上がって荷物を持ち上げている亮介の背中を見つめる。
「亮介」
「昨日1日遊んでたわけだし? ちゃんと勉強しないと、また親父さんと喧嘩になんじゃねえの?」
そう言われると弱い。思わず口をつぐんで、亮介の笑顔を見つめた。
「亮介、ありがとう」
「おう」
「でも、ダメ。帰らないで」
「は?」
もっと一緒にいたい。それは亮介も確かに同じのはずだ。
「もうちょっと」
服の裾を引っ張ると、亮介は目を丸くしたまま、もう一度腰を下ろした。
それから、無言のまま、どちらともなく顔を近づけた。
「、すっげえドキドキしてんだろ」
「……うん」
「のその顔、好き」
とっさに口元に手をやる。
亮介は、その手を握りしめて、顔から離した。
「帰らない」
「うん」
「もっとといたい」
背中に手が回されて、抱き寄せられた。もう何度も交わしたはずのキスに、いつもより胸が高鳴った。息が詰まる。体温が上がって、体中が熱くなる。
亮介に触られると、いつもそうだ。
「」
「……あんまり、名前呼ばないで」
「どうして?」
「何か……わかんない、ドキドキして、おかしくなる」
言った矢先に、耳元で名前を呼ばれた。体を預けて、亮介が髪の毛を撫でるのを受け入れる。触られる場所全てが心地よい。
「亮介」
「、俺だって名前呼ばれたら、おかしくなるけど?」
顔をのぞき込まれた。挑発するような目を、そのまま見返す。
そうして、はその言葉を舌に乗せた。
「亮介、もっと一緒にいて?」
言葉を飲み込むようなキスをされた。触れた唇から、また熱が伝わってきた。腕を回す。全身から、その熱を感じたかった。
全ての感覚を受け入れて、目を閉じる。
そうすると、熱が足の先まで伝わっていくのが、はっきりと感じられた。背中が床についたのを感じて、目を開く。
ひどく思い詰めたような顔をした亮介が見えて、息を呑んだ。何か気に障ることをしてしまったか、と彼を見つめる。
だが、のそんな不安とは裏腹な台詞が、亮介の口から飛び出した。
「……もうちょっとじゃ済まないかも」
床に背中がついた状態で尋ねられても、今更、としか思えない。思わず笑ってしまった。
「いいよ、大丈夫」
「途中で止めようとしても無理だからな?」
「……」
無言で頷いて、上体を起こす。
もう一度、キスがしたい。そう思って、亮介のシャツを握りしめて、顔を近づけた。
亮介もまた、それを察してくれたのだろう。シャツから手をはがして、指をからめた。そうして、軽く触れ合った瞬間。
それを阻止するかのように、部屋のドアがノックされた。
「へっ……!?」
一気に血の気が引いた。
思わず亮介を両手で押しのけ、入り口を窺う。
閉まったドアの向こうから、うんざりとした声が聞こえた。
「悪いけど、それ以上は他でやってくんない?」
「サッ……サツキ!?」
「ごめん、寝てた。起きてたら、そんな奴を家に入れるわけないけど」
さすがの亮介も、今回ばかりはサツキに言い返す気力もなかったらしい。頭を抱えて呆然としている。
青くなった顔を見合わせる。まさかサツキがいたとは思わなかった。
「、俺帰る!」
「あっ、うん」
立ち上がって荷物を抱え、亮介が部屋のドアを開ける。迎えたサツキの冷たい目が亮介を威嚇した。
「まあ、黙っててあげるよ」
「……ッテメ、後で覚えてろよ」
「脅すつもりはないって。俺にまで飛び火されたら、せっかくの夏休みが台無しだし?」
は、サツキの発言を深くは考えず、彼の背中を押して部屋に戻した。
「亮介、ごめん……!」
「せっかくがその気になってたのにー」
「うぅ……で、でも、また今度」
「今の、忘れんなよ? 次のデートは俺んちな」
言葉に詰まったに軽くキスをして、亮介は階段を下りていった。慌てて後を追い、亮介の服を引っ張る。
「今度はいつ会えるかな?」
「が会いたいって言った日じゃね?」
「え、って?」
「浮気とかしねえよ? 夏が大事なんだろ? だから、俺は応援する。ずっと待ってる」
服を握っている手を取り、亮介が微笑む。
彼がそう言ってくれるから、頑張れる。ずっと味方でいてくれたから。
「じゃ、会いたくなったら言うね」
「待ってる」
帰って行く亮介を見送って、は手を振った。
まだ暑い日は続く、夏休みは始まったばかりだ。
次はどんな思い出を作ろうか。きらめく太陽を見て、目を細めた。
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