「なるほど……」
水沢にことの次第を説明すると、彼だけではなく、一緒にいた悠太たちにまで同情された。
「でも、何で屋上に行ったんだ? あそこは東たちのたまり場だから、近づくなって」
「いや、誰もいないときを見計らって、隠れた場所でお菓子を食べるのが趣味で」
「それが趣味? さんって……」
「いや、悠太くん、寂しい人みたいな目で見るのはやめよう」
まさか、煙草のことなど言えるはずがない。
今時、隠れて煙草を吸っている女子高生など大勢いそうなものだが、だからといって水沢は絶対に肯定してくれないはずだ。それに、煙草はもうやめた。今までも、二週間に一度くらい、ストレスが溜まったときに火をつける程度だったのだ。依存などないうちにやめることができて、良かったのだと思う。
「とにかく、私は今、とても困ってるの。あの人、しつこくて」
「断ったんだろ?」
「当たり前でしょ! 誰が好き好んであんなヤンキー軍団と関わるような真似……」
「おい、お前ら!」
悪口を言った瞬間に、東が近づいてきた。
大げさに震えたは、サッと水沢の後ろに隠れる。もしや聞かれたのではないかと思うと、気が気ではない。
「何グダグダ喋ってんだよ! さっさと俺に宙返り教えろ!」
「……とりあえず、、少し遅くなるけど、待っててくれる?」
「あ、うん。もちろん! 拓と一緒に帰るの久々だから、待ってる」
東を一瞥し、水沢はマットの上に座った。
どうやら今から柔軟をするらしい。一向にタンブリングの練習を始めようとしない新体操部に、東は大いに苛立ったようだ。派手に舌打ちをすると、悠太を睨み付けた。
どうして、彼は新体操を始めたのだろう。
タンブリングをやりたい、という気持ちはわからなくもない。マットの上を縦横無尽に跳ね回る姿は、見ていて胸がすくものがある。だが、彼ほどの人間ならば、自力で習得してもよさそうなものだ。
正直な話、新体操部にとっては迷惑、お荷物を押し付けられたとしか思えない。
柔軟が大事だ、と説得している悠太を哀れんでいたは、後ろから腕を引っ張られてよろめいた。
「……何ですかね、月森くん」
「亮介」
「は?」
「俺の名前、亮介。皆そう呼ぶし、亮介って呼んで良いよ」
にこやかな笑みを見せて、彼は言った。
誰が呼ぶか。そもそも皆というのは、お前の仲間のことだろう。
もちろん口に出す度胸などないので、胸の中に、その悪態はとどめておいた。
「月森くん」
「亮介」
「月森くん」
「りょ、う、す、け」
「つ、き、も、り、くん」
月森と一緒にいた、もう一人の不良が、首を傾げて自分を見ていることに気づく。このままでは、彼の仲間にまで顔を覚えられてしまう。
「ま、いっか。今は」
「はい?」
「どうせ、すぐ俺のこと好きになるし?」
「階段から転がり落ちろ、月森」
ボソリと呟いて、目を背ける。どこからその自信が溢れ出してくるのか、いっそ解剖されてしまえばわかるのに、とまで思う。
嫌いだ、とは言えないが、胡散臭いと思う。
彼の笑顔は、喧嘩三昧の不良とは思えないほどに晴れ晴れとしているが、どこか胡散臭い。そういえば、さっきから傍を通る女子に見せている笑顔と、全く同じものだ。そう気づいて、余計に胡散臭いと思うようになった。
結局彼にとって、自分はたった一人の好きな女の子、ではない。大勢いる、好きな女の子の一人なのだ。自分がそうであるかは別として、可愛い女の子になら、誰にでも同じようなことを言えるのだ。
そんな考えが、ますます彼に対する態度を頑なにさせていた。
「ちゃん」
「……」
「ちゃーん」
「……」
ひたすら無視を繰り返す。水沢のほうを見れば、彼は心底同情したような目をしていた。
「まあ良いや。返事してくれないなら、あのこと、水沢にバラしちゃおっかなー」
「何ですか、月森くん!」
「……素直すぎんだろ」
彼がはじめて見せた、笑顔以外の表情は、呆れたものだった。
何と言われようと、自分は水沢との絆を切り捨てるつもりはない。彼がいなければ、今の自分は恐らくいなかったから。
横目で月森を睨み付けると、彼は勝ったとばかりに笑った。
「今日、一緒に帰らない? 小百合さんにデートキャンセルされちゃってさー。空いてんだよね、時間」
「じゃあ沙織ちゃんに相手してもらえば良いでしょ」
「や、沙織ちゃんは今日、バイトだから」
「……いるんだ、沙織ちゃん」
適当に言った名前の彼女が本当にいたというやるせなさが、全身に充満する。
いっそ月森を尊敬する。仮にも彼女になってほしいと思う相手の前で、どうして他の女の名前を出せるのだ。他の彼女たちは、それを納得しているのだろうか。
月森に絡まれるのは勘弁だが、その辺りの事情を詳しく聞いてみたい。
「私、拓と帰る約束したから、無理」
「ふーん……水沢ねえ」
「殴ったりしないでね」
「どうしよっかな。とりあえず、明日は一緒に帰ってくれるって約束するなら、水沢には手を出さないけど?」
深くため息を吐き出す。
いろいろと弱みを握られてしまったのが、運の尽き。自分をこれほど哀れだと思ったのは、久しぶりだ。
「どうする?」
楽しそうだ。何がそんなに楽しいのか。
月森の顔を見つめたまま、は思った。
こんな汚い手を使ってまで自分を手に入れたいと思っているのなら、その覚悟がどれほどのものか、見てやろう、と。
どうせすぐに飽きて放り出すだろうけど。
「じゃ、明日ね」
「オッケ。いやー、楽しみだね」
「私は全然楽しみじゃないけどね」
とりあえず、今のところは危害を加えてくる様子もないようだし、様子を見ておこう。
無理やりアドレスを交換させられる一方で、はそんなことをぼんやりと考えていた。
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