次の日の朝。
あまりのストレスに、は目覚ましが鳴る1時間も前に目が覚めた。それもこれも、あの男のせいだ、と新着メールを示すランプが光る携帯を眺める。
あの月森亮介相手に大した度胸だ、と自画自賛をせざるを得ない。は、昨夜遅くに来た彼からのメールを無視して就寝したのだった。どうせ大したことではないはずだ、そう思ってメールを開けば、案の定、本当にどうでも良いことだった。無視した。
これ以上寝ると、逆に目覚ましが鳴る頃には体が重くなる。そう思ったは、のそりと起き上がった。
ベッドから降りて、制服を身に着ける。
階段を下りると、母が既に朝食と弁当の用意をしていた。
「おはよう……」
「おはよう、今日は早いのね」
「うん、あんまり眠れなくて」
まさか男関係で悩んでいるとは言えず、曖昧にごまかす。
「ちょっと散歩してきて良い?」
「良いけど、遅刻しないように戻ってきなさいよ」
「大丈夫」
顔を洗って身だしなみを見苦しくない程度に整えたら、出発だ。
スズメのさえずる朝の清清しさと言ったら、昨日のストレスなど吹っ飛んでしまいそうだ。
途中で、ふらりとコンビニに立ち寄った。
適当に棚を眺めた後、チョコレートとヨーグルトを買った。朝早いせいか、かなり眠そうな店員からおつりを受け取って、コンビニを出る。今から戻れば、ちょうど朝食が出来る頃だろう。
――などと思って、足元にやっていた視線を前に戻したは、見覚えのある顔を見つけて動きを止めた。
「――あ」
「あ」
二人同時に、声を発する。
朝から自転車を押して歩いていた彼は、を見た後、口をパクパクとさせた後、言った。
「亮介さんの女」
「……違いますけど」
なんと失礼な物言いだ。
だが、名前も知らない不良に突っかかる余裕などあるはずもないので、一言だけで否定しておいた。
「えーっと……おはよう」
「おう」
昨日、月森たち三人の様子を見てわかったことだが、彼は恐らく自分たちよりも年下だ。だが、彼の口の利き方は、到底年上に対するものではない。
そもそも、どうして挨拶をしてしまったのか、自分でもわからなかった。
「あんた、亮介さんの彼女じゃねえの?」
「違うってば……。月森くんが勝手に」
「何だ。9人目の彼女かと思ったのに」
「9人!?」
思わず声を荒げてしまった。それは規格外だ、常識の範囲外だ。そう思って彼を見つめると、さすがの不良もたじろいだらしい。コクコクと頷いた。
「良いじゃん、9人目でも。楽しけりゃ」
「今まさに楽しくないんだけどね」
9人目どうこうは、この際どうでも良い。自分はただ、付きまとうのをやめて欲しいのだ。
昨日は無事だったが、今日は恐らく、教室でも絡まれるだろう。木山と赤羽の間の席で、月森に絡まれる。最悪の構図だ。
そんなことを考えていると、だんだんと我慢できなくなってきた。いっそ名前も知らない不良でも良い、自分の愚痴を聞かせてやれば、すっきりするかもしれない。
「何なのあいつ、ちょっとモテるからって良い気になって。すぐ俺のこと好きになるから、って馬鹿じゃないの? 大体、日本中探せば、お前より良い男なんざ、山ほどいるっつーの!」
「お、おう」
いきなり捲し立て始めた女に、驚いたようだ。彼は目を白黒させながら、頷いた。
とりあえず、月森の悪口を言っても、彼は怒らないらしい。
「大体月森くんって……いや、あんな奴は月森で良い! 月森って、胡散臭いんだよね! 誰にでもおんなじ笑顔見せて、そんなのに気づかないような馬鹿な女じゃねえんだよ、こっちは!」
「はいっ、そのとおりです!」
もはや、の剣幕におびえることしか出来ないらしい目の前の不良を、睨み付ける。彼が従順な態度を見せたせいか、自分の気持ちも大きくなっていたようだ。
後々考えると、かなりまずい状況だと思う。
「そう思うなら、君からも何か言ってやってよ! そう! お前なんかに私はもったいないんだよ! って!!」
「もったいない……もったいないっす! 姐さん!!」
「でしょ? ……って、姐さん!? え、何それ」
「あ、やべ、つい」
舌をペロリと出して、彼は顔を背けた。
一気に冷静さを取り戻す。
「ええっと……君、名前は」
「日暮里っす!」
「日暮里くん、今の話は、月森には内緒ね?」
「内緒にします!」
まるで命令を聞く兵士のように復唱し、彼はさらに敬礼までして見せた。
不良だと思っていたが、なかなか面白いかもしれない。思わず凝視してしまうと、彼は慌てた。
「と、ところで、日暮里くんは朝から何してたの?」
「新聞配達っす! いやー、やっぱ金がないと世の中渡れませんからね!」
「え、うん、そうだね……。でも、偉いんだ。ちゃんと自分でお金稼いでるって」
わざわざ早朝のバイトを選ぶくらいだから、何か事情があるのかもしれない。ほぼ初対面の人間に追及されるのも嫌だろうから、何も尋ねなかった。
照れたように笑う日暮里に、不良とは違う一面を見たような気がした。
「そうだ。じゃあ、頑張ってる日暮里くんに、これあげる」
「え、そんな、悪いっすよ」
「良いの良いの。甘いもの食べると、元気が出るから。頑張って!」
さっき買ったばかりのチョコレートを渡すと、日暮里はおずおずとそれを受け取った。
やはり、その辺の不良とも、むしろその辺の高校生とも違う雰囲気がある。彼の内にある純粋さを見たような気がして、微笑む。
「じゃ、また学校でね」
「あざっす! 大事に食べます!」
勢い良く頭を下げた日暮里に背を向けて、家に入る。
月森や東はともかく、彼となら仲良くやっていけるのではないか、とそう思った。
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