「本当に、ごめんなさい」
力のない目で、悠太は遠くを見ていた。
「私、月森たちに助けてって頼んじゃって……悠太くんたちの気持ちとか、まったく考えてなくて、本当にごめんなさい」
謝って許してもらえるとは思わない。気づかなかったとはいえ、彼らの夢をつぶした責任は自分にもあるだろう。中途半端に手を出すからこんなことになる。
目を伏せたまま、は悠太たちと向き合っていた。
「……、もういいよ」
それまで黙っていた水沢が、優しく肩を叩いた。
「交流戦は、諦めるしかないけど、次の大会もあるし」
「東くんも、一ヶ月すればいなくなりますし……」
「なあ、悠太」
悠太は相変わらず無言だった。その沈黙が、胸を抉る。
手首を押さえた土屋が、小さな声で悠太の名前を呼んだ。怪我は、土屋のせいではない。だが、彼はおそらく、怪我したことを気に病んでいるのだろう。
しばらく後、悠太がゆっくりと顔を上げた。
「……さん、もう謝らなくていいよ」
「え……?」
「水沢の言うとおり、まだチャンスはあるから」
土屋の怪我が治れば、また団体の練習ができる。県大会には出場できるだろう。
悠太たちは口々にそう言った。
「あ、の、それじゃあ」
「ん?」
「何ができるかわからないけど、お詫びに何か手伝わせてもらえないかな。新体操のことはわからないけど、掃除とか、雑用とか、そういうのはできるから……」
そのくらいでもしなければ、気が治まらないのだ。
もう一度頭を下げると、水沢が困ったように笑った。
「そんなこと、考えなくてもいいのに」
「ううん、やらせて」
戸惑ったようにを見つめていた悠太が、頷く。
彼はきっと、心のどこかでは自分を恨んでいるだろう。それでも、こうやって受け入れてくれた。だから、自分はそれに精一杯応えなければならない。
ありがとう、と言う声が、自分でも驚くほど上ずった。
一方、その頃の部室では。
「何なんだよ、あのババアはよ!」
航の怒鳴り声が響き、火野は気づかれないようにため息を吐き出した。
軽蔑、それが今の火野にある感情だった。他人に迷惑をかけ、邪魔をしても、気づくことなくふてぶてしい態度をとり続ける。その無神経さには、呆れと軽蔑を覚える。
「でもさ、結構いい女じゃね?」
「あ、亮介さん、やっぱ年上好みっすか?」
そして何故、入部もしていない人間がここを溜まり場としているのかも、わからない。
「あれ? 亮介さん、そんなライター持ってましたっけ」
「ん? ああ、これ、もらった」
「また女っすか?」
「まあ、な」
タバコの煙が上にまで漂ってきて、火野は顔を背けた。
おそらく一生相容れることのない人種だろう。悪いことを悪いと思っていないに違いない。迷惑をかけているという意識も、ないのかもしれない。
「何かさ、わかんねえんだよ」
「はい?」
ライターで火をつける小さな音が聞こえた。
珍しく神妙な声だ。といっても、彼らが普段どんな声を出しているかわかるほど、付き合いがあるわけではないが。
「最初はただ、こういうタイプも面白いんじゃね、って思って声かけただけなんだけど。あいつ、常に俺の斜め上行くっつーか……予想外なんだよ」
「ん、んん? 何の話してんのか、わかります? 兄貴」
「知るかよ」
彼らの話は、まったく噛み合っていないように思えた。聞いている二人が理解できていないのだから、彼らのことを知らない火野が聞いても、やはり理解できないだろう。
彼らの話に興味などない。だが、同じ空間内にいれば、嫌でも耳に入ってくる。
「俺のこと、笑わないとか言うし、俺ほど女の子に笑いかけてる奴はいねえだろ」
「そうっすねー。でも、姐さんは、亮介さんの笑顔は胡散臭いっつってましたけどね!」
「お前さ、何で俺の知らないとこでと喋ってんだよ」
「それは秘密っす!」
深いため息が、部室の中に散った。
「今日、初めて笑ったんだよな」
「あ、姐さんの話っすか!」
「そうだよ。正直、あいつが俺のこと庇うとか思ってなかったし、相当びびったっつーか。さらにあのタイミングで笑われたら、……やっべ、ちょっと俺、おかしいかも」
元からだ。
火野は心の中でそう吐き捨てて、ジャージを羽織った。
という人間のことを、火野はほとんど知らない。昨日とおととい、水沢と喋っているところを見かけた程度だ。名前さえ、今知った。入部するつもりもない、ただの見学者らしいから、これからもきっと関わることはないだろう。
だが、笑わないというのは嘘だろう。そう思った。何故なら、水沢といるときの彼女も、校内で偶然見かけたときの彼女も、楽しそうに笑っていたからだ。
そんな笑顔の多い彼女に笑いかけてもらえないとは、いったいあの男は何をしたのだろう。笑いかけたくない気持ちは、わからなくもないが。
「……でも、あいつが何で笑ってくれたのか、全くわかんねえ」
「はー、何でっすかねえ。あっ、兄貴、灰皿どうぞ!」
「お前、もう俺の話聞いてねえだろ」
「聞いてますって! えっと、亮介さんの頭がおかしくなった話っすよね!」
「日暮里、後で沈めてやる」
できれば今すぐ沈んでほしい。
火野は、ロッカーを閉める音に紛れさせながら、そう呟いた。
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