次の日から、月森は本当に声をかけてこなくなった。
あれだけ面と向かって言われれば、流石に懲りたか。そう思う反面、拍子抜けした自分もいる。あれだけ傍若無人に振舞っていたのだから、知ったことではないとばかりにこれからも声をかけてくるのではないかと思っていた。
自分を見るたびに輝く目も、いたずらに触れる手も、名前を呼ぶ声も、全てが消え去った。
これで良かったのだ、と思う。
自分にとって大切なのは、水沢だから。彼が大事にしている新体操を馬鹿にした彼らを許そうとは、絶対に思えない。
「……!」
休み時間、教室に戻ってきたは、ドアを開けたまま動きを止めた。
自分が開けたドアの向こうに立っていたのは、同じくドアを開けようとしていたらしい月森本人だったのだ。思わず息を呑む。月森もまた、目を丸くしたまま固まっていた。
そうして、二人は無言のまますれ違った。
言うべき言葉など、何もないから。同じように教室を出て行く東もまた見送って、はようやく教室に入った。
「解放された……」
今の邂逅で、決定的になった。
あれだけ目を合わせておいて無言だったのだから、彼もまた二度と声をかけてくるつもりはないのだろう。
席について、息を吐き出す。
「月森に振られたのか」
突っ伏していたは、淡々と発せられた台詞が自分に向けられたものだと気づき、顔を上げた。
今の声は、間違いない。隣で漫画を読んでいる木山の声だ。
彼は相変わらずの顔を見ることなどなかったが、意識だけはこちらに向いているようだった。
「私が振ったんだけど」
「似たようなもんだろ」
全然違う。
木山がページを捲り終わるのを見計らって、彼のほうへ体ごと方向転換した。
「木山くんって、月森と仲良いの?」
「……さあな」
判断に困る。白黒はっきりつけてほしい。
木山は、もう一ページ進めて、興味なさげに呟いた。
「月森、根は良い奴なんだよ」
「……」
「あんたが一番よく知ってると思うけどな」
言葉に詰まる。
ニコリともせずにコマを目で追い、木山はまた一ページ捲った。よく人と会話しながら頭に入るものだ、と感心する。そうやって思考を違う方向へ持っていかなければ、木山の思うツボにはまりそうだったからだ。
だが、木山はそれきり何も言わなかった。
沈黙が続く。会話は終わりだということなのか。は散々迷った挙句、誘惑に耐え切れず口を開いた。
「月森は、東くんのこと、大好きでしょ。東くんのこと馬鹿にされたら、怒るでしょ」
「……」
「なのにどうして、拓たちの気持ち、わかってあげられないんだろう」
木山の手が止まる。
だが、彼は相変わらず無言だ。視線も絡まることがない。まるで独り言のようだと思った。
「あいつ、結局私のこととか、どうでも良かったんだと思う。女の子なら誰でも良かったんだと思う。ちょっとでも期待した私が馬鹿だったな。もし本当に本気になってくれるなら、って思ったのに」
本気で好きになってくれるなら、向き合おう。
そう思っていた。だが結局、月森は月森だった。噂に違わぬ遊び人で、女ならば誰でも良かった。
「それにしても、あれだけ私に付きまとってたんだから、少しくらい理解してくれても良かったのに。私が拓のこと大事にしてるって知ってたくせに、何であんなこと……。私のこと、理解するつもりなんて、なかったんだよ」
それまで無言だった木山が、顔を上げた。
その目は、まっすぐにの目を貫いた。
「あんたは?」
「え?」
「あんたは、あいつらのこと、理解しようとしたのかよ」
低い声だった。感情などないようにも聞こえたが、怒りに震えているようにも聞こえた。
胸が刺し貫かれたような気がして、手を握り締める。
「……」
理解しようとしていた、つもりだっただけかもしれない。
ただ都合のいいときだけ理解した気持ちになって、彼を利用していただけなのではないか。人の心は複雑で、たとえ血のつながりがあったとしても、理解できないことも傷つけてしまうことも山のようにあるのだ、ということを誰よりも知っているのは自分だったはずだ。
木山は、見事に事の核心を突いた。
「……もっと早く、木山くんと喋りたかったな」
「いつも月森に付きまとわれてたしな」
「うん。そうなの。なのに、私……月森のこと、何も知らないや」
勝手に枠に当てはめて、何も知ろうとしていなかった。世界が違うと諦めて、近づこうともしなかった。
「もう遅いよね。月森、私のこと嫌いになっちゃったと思うし」
「あんた、そうやって諦めるの、得意だろ」
「え」
さっきから木山は、見事にの心を言い当てていく。
「あんたみたいな奴らは、頑張るとか言ってるほうが、似合ってんだろ」
木山の言葉の深い意味など、考えなかった。
まるで、自分の全てを知られているような気がした。そんなはずはないと思っても、木山の目を見つめていると、見透かされているような気がしてくる。
「……頑張る、か」
いつか向き合える日が来るのだろうか。
月森だけではない。自分を取り巻く全てのものに対して、はそう感じた。
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