「おはよう、拓!」
「ああ、おはよう」
後ろのドアから入ってきた水沢を見上げる。
相変わらず、悠太と金子も一緒にいた。今日も朝練を頑張ってきたのだろう。
「おはよう、悠太くん、金子くん」
「おはよう」
「おはようございます」
どこか、三人とも元気がないように思える。
確かに、団体戦に出られなくなったことがショックだったのだろうが、昨日はもう少し元気だったように思える。
違和感を覚えて、水沢を引き止めると、彼は小さく息を吐いた。
「実は、東が」
「東くんが?」
誰もいなかったので、自分の前の椅子を勧める。この席は、赤羽と木山に近いので、めったに人は集まらない。机の持ち主でさえ、できる限り席に着かないようにしているようだ。
ただ、は昨日木山と話したせいか、この席への苦手意識はほとんどなくなっていた。赤羽のほうを見なければいいだけの話だ。
「自分が出るから、団体に出ようって」
「はあ? 団体って、6人じゃないの? 火野くん入れても5人じゃん」
「そうなんだよ、4人でも出られないわけじゃないんだけど、無謀としか思えない」
あれほど出たかったはずの団体だが、やはり4人で出ようとは思わないのだろう。
「そっか。で、断ったんでしょ?」
「まあ、一応断ったけどな……」
水沢は、ちらりと東を見て、またため息をついた。
これ以上、彼らの苦労を増やさないでほしい。何を考えているのかは知らないが、引っ掻き回した挙句、責任を取るつもりなのだろうか。それならば、身勝手が過ぎる。最良の責任の取り方は、黙ってやめることだ。
あのときの、悠太の泣き顔が忘れられない。
水沢に倣って、東を見る。彼は、机に突っ伏していた。本当に新体操を続けるつもりなのか、当然その姿だけではわからない。
そうして、ふと無意識に視線をずらしたは、その前の席にいる月森が視界に入りそうになったことに気づき、慌てて水沢に視線を戻した。
「まあ、そんなには続かないよ」
「うん、だろうね……」
予想以上に動揺している自分がいた。
木山に言われたことが、頭に残っている。
結局自分は、月森を理解しようとしていなかった。そうわかった今も、まだ逃げ続けている。許す前に、言葉を交わさなければならないのに。
水沢は、そんなの考えを見透かしたかのように、頬杖をついて月森を見た。
「はさ」
「え、ん?」
動揺が表に出ていないと良い。
息を呑んだ後、何も気づいていない振りをして首を傾げる。
「月森と、このままで良いと思ってるのか?」
何かを掴むつもりもなかったのに、無意味に手のひらを握り締めた。
「別に、私はあいつと付き合ってもないし」
「俺だって、と付き合ってない」
「……そうだけど」
このようなおせっかいを焼く性格ではなかったはずだ、自分の知る水沢拓という人間は。
自分に対しては、いつも優しかった。いつも助けてくれた。だが、あからさまに困っているところを突いてくるようなことは、言わなかったはずだ。ただ黙って傍にいる。それが彼なりの励まし方だと思っていた。
「寂しいんだろ?」
「……」
「ここ最近、賑やかだったから、の周り」
からかうように、水沢が笑った。
何も言えない。意地を張っているのではなく、どうしていいのかがわからなかったのだ。
「正直、月森たちと付き合うと、いろいろ巻き込まれるんじゃないかって心配してたけどさ」
「うん、私も心配してた」
そう、それが嫌で、月森の存在を拒否していた。学校一の不良グループの人間と付き合うなど、自殺行為だろうとしか思えなかったから。
実際、彼は水沢たちの心をズタズタに傷つけた。
「でもさ、俺は、もし本当にが月森のこと好きになったら、応援しようと思ってた」
「そうなの? 拓らしくないなあ。拓は、ああいうタイプと付き合うなって言うんだと思ってた。……でも、拓が何て言っても、私はやっぱり許せないよ。月森も、東くんも、皆を傷つけたから」
自分もいつか、傷つけられるかもしれない。
ひとつ、彼の悪いところを見てしまったら、それしか見えなくなった。その他のところを、まったく知らないのに。いや、知らないからこそ。
向き合うべきだった、と知っている。
だが、今更向き合えないという思いもある。
頑張るなんて、無理だよ。ちらりと隣の木山を見る。彼はいつものように漫画を読んでいて、顔を上げることすらしなかった。
「それでも、は楽しそうだったろ」
「……私が?」
「ああ」
そんなはずはない。
自分は彼に心を許すまいとして、かたくなに笑顔を見せようとしなかった。その姿を楽しそうだという水沢は、何を考えているのか。
「楽しそうだったよ。があんなに声荒げてんの、高校に入って初めて見た。あんなに感情を表に出してるとこ、久々に見た」
わからない。
自分は確かに、あまり感情を表に出さないと思う。昔は違った。もっと素直に笑っていたし、怒りたいときは、それこそ机を蹴飛ばす勢いで怒っていた。
それが、高校に入学するのをきっかけに、変えた。傷つかないように、何にも期待をしないように、自分を押し殺す術を身につけた。
その自分が、楽しそうに見えたということは、どういうことだろうか。
いや、きっともう答えは出ている。それを見ないようにしているだけ。
「だからさ、俺は応援しようと思ってたんだよ。がまた、前みたいに笑ってくれればいいって思ってたから」
水沢はそれだけを言い残して、立ち上がった。
気づけば柏木が教室に入ってきていて、HRが始まるところだったらしい。
「……どいつもこいつも」
好き勝手に背中を押すのだから。
は頭を抱えたまま、HRの間、ずっと顔を上げなかった。
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