東は、やめなかった。
だが、悠太は認めていないし、そもそも彼が加入したとして、メンバーは4人しかいない。彼がどれだけ頑張ろうと、無意味だ。
「やめないねえ」
「そうだな」
水沢と二人、倒立の練習をしている東を眺める。
既に、土屋と金子は東に本気を見て、彼の練習を手伝っている。
「あの二人、良い子だね」
「そうだな」
「出たいんだろうね、団体」
「ああ」
さっきから短い言葉でしか返事をしない水沢を見上げる。彼は目を細めて、練習の様子を見つめていた。
「拓」
「ん?」
「拓も、団体、諦めきれてないんでしょ?」
仕返しだ。
ここ最近、月森と仲直りしろとでも言わんばかりにプレッシャーをかけてくるから、そのお返し。素直になれていないのは、自分だけではない。水沢もまた、心に燻る火種を無視することはできず、戸惑っているはずだ。
大体、月森たちのことを苦々しく思っているくせに、どうしてそんな男に幼馴染を任せようとするのか。
そんな恨みをこめて視線を送れば、水沢は肩をすくめて目を逸らした。
「あ、ちょっと、どこ行くの?」
「部室。練習始まるぞ」
「練習って……」
土屋も金子も、東のほうに付き合っているのに。
慌てて水沢を追いかける。
最後に東たちを振り返れば、彼らはずいぶんと楽しそうに笑っていた。意外だ。彼は、自分たちのような生徒とは笑い合わないのだと勝手に思っていた。実際、自分は今まで、彼に笑いかけられたことがない。顔を合わせる回数が少なかったという理由もあるが、何より彼に敬遠されていると思う。
初めて会った日、月森が言っていた。
典型的な優等生だ、と。
東が自分をどう思っているかは知らないが、傍から見て、もしも東と自分が一緒にいたら、それはかなり滑稽な光景だろうとは思う。性格も合わないだろうし、自分が彼を敬遠するのと同時に、彼もまた自分を敬遠している。そう思うのが自然だ。
と、いうより、興味を示されていないのだ。
「……あんな風に笑うんだ」
東の笑顔をまともに見たのは初めてかもしれない。
ただ、自分を懐柔しようとしていた月森の笑顔よりは、良い。
もしも、本当に彼が今度こそ真剣に新体操をしようとしているのなら、もう少し彼に近づけるだろうか。
少しだけ、興味を抱いた。
「?」
「ああ、ごめん。今行く」
だが、まだだ。
水沢が動くまで、自分も動かない。
「金子たち、結局東に付きっ切りだったな」
「……」
練習後、水沢がぽつりと発した言葉に、悠太は何も答えなかった。
買ったばかりのお茶のふたを開けようとした格好のまま、は動きを止めて水沢を見上げた。
「――拓」
「ん?」
「私、先に行くね」
彼とは小学生の頃からの付き合いだ。彼の様子から、心のうちを読むことができる。
気づいたのだ。彼が既に東に惹かれているということ。何よりも、諦めきれない団体という夢に引きずられているということ。
一瞬だけぽかんとした表情を見せた水沢だったが、すぐに笑った。
「、待てよ」
「あれ、早かったね」
「一人で行くことないだろ」
部室を出て、東たちが練習しているほうへ向かおうとしていたを、すぐに水沢が追いかけてきた。
「何かさ、正直まだ半信半疑だけどね」
「俺もだよ」
「でもさあ、半分信じられるなら、とことん信じちゃったほうが勝ちだと思うよね」
「何だそれ。らしい」
水沢が笑う。
それから彼は、部室を見上げて、悠太もそう考えられるようになれば良いのにな、と呟いた。悠太はまだ、半分の疑いにとらわれて、素直になれないだけだ。東のやったことを考えれば当然かもしれないが、それでも、夢のために、無理にでも信じることはできるはずだ。
倒立で30秒間静止できたらしい東の歓喜の声が聞こえる。それに混じって聞こえるのは、金子と土屋の声。彼らほどあっさりと、東のことを信じられれば良いが、自分はそれほど素直ではない。これからゆっくりと、彼の本気を見極めてやろう。
「次は鹿倒立だね」
水沢が、輪の中に入っていく。
「水沢くん!」
「俺が教えるよ」
水沢の見本を見て、東が声を上げる。
ああやって一生懸命になっているときの彼は、子供のような顔をするらしい。今日は東の新たな表情ばかりを発見するな、と思いつつ、近づく。
彼のことは、まだ怖い。
怖いけれど、以前ほどではない。
「東くん、これあげる」
ずっと手に持ったままだったスポーツドリンクを、差し出す。
目を丸くした東は、ペットボトルとを交互に見て、おずおずと手を出した。
「良いのか?」
「いらないなら、良いけど」
「いる! っつーか、手ぇ出してんだろ!」
「ご、ごめん、つい」
つい、一歩引いてしまった。
ペットボトルが、乱暴に奪われる。初めて、東とまともな会話を交わした瞬間だった。
喉を鳴らしてそれを飲む東に、目を奪われる。半分ほど一気に飲み干した彼は、手の甲で口元を拭くと、満面の笑みを見せた。
「やっぱ練習中のスポーツドリンクは最高だな!」
まるでスポーツマンだ。
東とスポーツマンという言葉が、不釣合いに思えて、は自分で自分の思考に笑った。
「ありがとな! !」
「どういたしまして」
ようやく、一歩踏み出せたと思った。
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