イヤホンを使い音楽を聴きながら、さらに携帯を操作する。
 どう見ても、人に話しかけてほしくないと言っているスタイルだというのに、この男は相変わらずそんなことは知るかとばかりに追いかけてきた。
 は、気づいていない振りをして歩き続けた。

ちゃーん」
「……」
「あれ、無視? せっかく仲直りしたのに、無視?」
「……」

 隣を歩き始めた月森のおかげで、前を行く生徒たちがどんどん道を空けていく。面白いものだ。確かに彼には乱暴なところがあるが、意外と優しいところもあるというのに。

「まあ良いや。皆さーん、実はこの子屋上でタ」
「おはよう、月森くん!」

 前言撤回。
 優しいなどと言ってやるものか。人の秘密を握って楽しむ奴に、優しさなどあるはずがない。
 しぶしぶイヤホンを外して、月森に挨拶をする。彼は満面の笑みで応えてくれた。

「無視するからだろ」
「いつもの冗談じゃん。まったく」
「その冗談で傷つく奴だっているんだよ」
「どこに」
「ここに」

 鼻で笑って、音楽プレーヤーをポケットに突っ込む。
 以前よりも、自分たちの距離は縮まったと思う。怒鳴り合いにこそならなかったが、お互いに感情をあらわにして言い合いをしたことには変わりない。
 に対する月森の口調は、どちらかというと航たちに対する口調と同じようなものになった。以前はもう少し、懐柔するような喋り方をしていて、それは彼の女の子を口説くための道具の一つだったのだと思う。優しい口調で話をして、女受けしそうな笑顔を向ける。そうすれば、よほどのことがない限り、女の子はコロリと行ってしまうのだ。
 そんな態度で接されるよりも、今のほうが良い。彼の本心が見えてくるような気がするから。

「亮介さーん!」
「あ、日暮里」
「ひどいっすよ、置いてくとか!」
「わり、見つけたから、お前のこととか飛んでたわ、頭から」

 相変わらず賑やかだ。日暮里とも、久々に顔を合わせた気がする。
 どうやら待ち合わせをすっぽかされたらしい。東が毎朝練習しているので、今は二人で登校しているのだろう。
 そんな哀れな日暮里は、を見て目を丸くした。

「あ、姐さん……」
「おはよう、日暮里くん」
「えっ、あ、おはようございます」

 どうやら日暮里に怖がられているようだ。
 一応、日暮里に対しても何らかのわだかまりのようなものはあったはずなのだが、月森と仲直りした今、どうでも良かった。もともと、あの三人の中で誰が一番好きかと言われたら、日暮里だと答えるほどには日暮里のことが好きだったのだから、今更冷たくするつもりもない。

「別に、怖がらなくていいよ。見てのとおり、月森とも仲直りしたし」
「マジっすか!」
「まあ、あまりにも月森がウザイから、やっぱ仲直りしなくて良かったかもなって思ってたとこだけど」
「おい!」

 そりゃねえよ、と喚く月森に、冗談だよ、とサラリと告げる。
 そんなの表情が柔らかいことに気づいたらしい日暮里は、ようやく笑った。安心したらしい。

「で、二人は付き合ってるんすか?」
「まさか」
「早っ! 流石っす、姐さん!」
「何が流石だっつの!」

 自分の背後でじゃれあう月森と日暮里を華麗にスルーして、は歩き続ける。虎の威を借る狐状態で、気分がいい。誰もが自分たちを見て道を空けるのだから。

「まあ、が俺のこと好きになるのも時間の問題だけど? って、先に行くなよ!」
「一緒に登校してるつもりはなかったし」
「冷たい……! でもその冷たさが癖になりそう」
「気持ち悪っ!! ちょ、日暮里くん、こんな奴置いてさっさと行こう!」
「はいっ! あ、姐さん、荷物持つっす!」
「いや、良いよ……」

 こんなに賑やかで楽しい通学路は初めてだ。
 日暮里と二人で月森から逃げながら、は笑う。その笑顔を見た日暮里が、一瞬だけ表情を動かした。きっと、付き合いの短い彼にでもわかるほど、自分は今、以前よりも生き生きとしているに違いない。
 数日前に、水沢に言われた言葉が思い浮かぶ。

が昔みたいに笑ってくれれば良いって思ってたから」

 それは無理な相談だ、と思っていた。
 きっと自分は、これから先もずっと、息を潜めて生きていかなければならないのだと。そうすることでしか、償いにならないと思っていた。

「姐さん?」

 日暮里に呼ばれたことで、は感傷の海から抜け出した。

「でも、良かったっすよ、マジで。姐さんと喧嘩してる間、亮介さん、俺に当り散らすから」
「月森……。日暮里くん、次に月森にいじめられたら、私に言うんだよ? ちゃんと守ってあげるから」
「毎回毎回、お前だけ好感度上げてんじゃねえよ、日暮里!」

 今度は、が置いていかれる番だった。逃げ出す日暮里と、それを追いかける月森。二人の邪魔をしないように、通学路を行く生徒たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

「子供かっつーの」

 先に校舎へ駆け込んでいった二人を追いかけるようにして、靴を履き替える。
 待っていたのは月森だけで、日暮里は先に教室へ行ってしまったらしい。

、今日一緒に帰ろうぜ」
「残念でした。今日も新体操部のお手伝いに行く約束しちゃったから、駄目」
「あーあ、航も付き合ってくんねえし」
「他の女の子誘えば良いでしょ。8人も選べるんだから」

 そんな会話をしながら歩いていると、ちょうど教室の前で、向こう側から来た女子部のメンバーと鉢合わせしてしまった。
 彼女らは、と月森が一緒にいることに驚いたのか、葵など、ドアを開けようとした体勢のまま固まっていた。それほど驚くことでもないだろうに。いつものように、月森がニコリと笑って挨拶をしても、彼女らは表情を変えない。
 だが、一人だけ、にこやかに前へ進み出てきた。

「良かったね!」
「えっ」

 茉莉だ。彼女は相変わらずの輝きを放ちながら、に近寄ってきてその手をとった。

「月森くんと仲直りできて、良かったね、ちゃん!」

 瞬きを繰り返して、茉莉を見つめる。
 これが他のメンバー相手だったなら、さっきの日暮里相手のように、月森に対する憎まれ口のひとつでも叩いてやるのだが、茉莉に微笑まれては、そんな言葉など頭から消えてしまう。
 結果、は口をパクパクとさせた後、頷くことしかできなかった。

「うん……」

 の肯定を聞いた茉莉は、それこそ嬉しそうに笑うと、月森にも良かったね、と伝えて、教室の中に入っていった。

「……可愛いって、罪だね」
「……ああ」

 二人の意見が、珍しく一致した瞬間だった。





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