それから時は流れ、ついに交流戦の日がやってきた。
正式な部員ではないは、東の演技を見に行くという月森、日暮里と共に会場に現れた。
あの屋上でキスをしようとした日からも、月森の態度は全く変わることはなかった。彼にとっては、好きな相手にしようとしたことなので、大した問題ではなかったのかもしれない。むしろ、あまりにも当然過ぎて、どうして拒否されたかもわかっていないのかもしれない。
だが、からすればとんでもない問題だ。
あれから数日間は、まともに顔を見ることができなかったほどなのだ。今となってはもう、多少の諦めと共に記憶のかなたへ追いやってはいるが。
「月森、私」
「ん」
「何て声かけて良いのか、わかんないや」
退場していく水沢を見つめながら、はぽつりとそう呟いた。
流石の月森も、軽口を叩く余裕などなかったらしいし、日暮里は日暮里で俯いてこぶしを握り締めていた。
結果だけ見れば、惨敗。彼らは他の高校だけではなく、自分との勝負にも負けている。退場するときの彼らの横顔に、生気はなかった。
途中までは、練習どおりに行っていた。このまま最後までいけるのだろうと、半ば安心しつつ見ていた。
だが、たった一つのミスから、彼らの演技は崩壊した。堤防も蟻の一穴からとは、よく言ったものだ。
「」
「うん」
月森が、そっと頭を撫でてくれた。
「水沢んとこ、行くんだろ。行って来いよ」
頷いて、立ち上がる。
彼は少しずつ、自分のことを理解してくれている。ふとそう思った。以前の彼ならば、仕方ないと適当に慰めて、帰ろうと促していただろう。だが、今の彼は違う。背中を押すその手は、暖かかった。
「拓!」
「……ああ、。月森は?」
「今日は拓と帰りたいから」
詳しく話さずとも、彼なら理解してくれるだろう。
他の部員たちは、それぞれに思うところがあったのだろう。誰もいなかった。水沢だけが、ぼんやりと会場の外に立っていたのだ。
まるで、自分を待っていたかのようだ。はそう思って、水沢の手を握った。
しばらく、無言で歩いた。繋いだ手は冷たく、彼の心がそのまま伝わってくるようで。ただ少しでも彼の手が温まれば良いと思った。
「……ひどいもの見せちゃったな」
ふと、水沢がそう言った。消え入りそうな声だったが、それははっきりと心に届いて、消えた。
「ごめんな」
「何で謝るの……」
「期待、裏切っただろうなと思って」
海を見つめたまま、水沢は自嘲の笑みを浮かべた。
まるで彼の傷がそのまま伝わって、自分の心にまで写し取られたかのような。
「拓は、私が期待を裏切られたとか言って、怒ると思ってんの?」
「……」
「期待に応えられないことのつらさ、私は知ってるよ。期待に応えられなくて傷ついてる人の慰め方は……まだわからないけど、でも少なくとも怒るのは間違ってる」
ごめん、と水沢がまた謝った。今の謝罪は、演技に対するものではないだろう。
「皆が、どれだけ頑張ってたか、私は知ってる。だから、私は怒らないし、笑わない」
「それでも!」
「!」
唐突に、水沢が声を荒げる。繋いでいた手がびくりと震えたことで、彼はあっさりと我を取り戻したらしいが、その手はひどく震えていた。
「結果は、変わらないんだよ、」
静かに発せられた、諦めの言葉。
ドクンと、心臓が波打った。自分はこの言葉を知っている。必死に慰めても、とりなしても、変わらなかったあの日。同じ事を言われた。
「た、く」
「……怒鳴ってごめん」
「ううん……」
水沢は、の傷になど気づかず、また歩き始めた。
それでも手が離れないのは、彼が何かを求めているからだ。はそう感じていたが、だからといって何を言えば良いのかは全くわからなかった。
悩んで悩んで、結局は、再び口を開いた。
「ねえ、でも、やれると思ったんだよね? 四人だけど、東くんも入って、演技構成も決めて、それで、自分たちなりの結果が残せるって思ってたんでしょ?」
「……どうだかな。俺たち、試合に出たいって思うばっかりで」
「それが夢だったんでしょ? 団体に出るのが。だったら、当然だよ」
何の慰めになるかもわからない言葉だ。
そもそも自分は、水沢の気持ちを本当に理解しているのだろうか。また独りよがりな考え方を、押し付けていないだろうか。
だが、言葉は溢れ出してくる。
「私、拓からいっぱい話を聞いたよ。団体に出たいっていう夢とか、どんな演技をしたいかとか、タンブリングはかっこいいとか」
この二年間、水沢は口を開けば新体操に関することばかり。水沢だけがそうなのかと思っていたら、悠太や金子もそうだったのだ。それを見たとき、彼らは本気で夢を見ているのだと実感した。だから、誰よりも応援したいと思った。
「ねえ、諦めないでほしい。拓がまだ、夢を忘れられないなら、諦めないでほしい。私、まだ見てない。新体操はかっこいいんでしょ? タンブリングはすごいんでしょ? 跳べるんでしょ? 私、まだ見てないよ」
身勝手な話かもしれない。
だが、は見た。水沢の目に、一瞬の力が宿るのを。
「拓はずっと、私の味方してくれてたじゃん。だから、ずっと決めてたの。拓に何かがあったら、私が絶対に味方でいようって」
「……」
「味方でいるから。誰に笑われても、私は絶対笑わない。一緒にいるから。拓の夢は、私の夢だよ!」
久しぶりに、私の夢という言葉を使ったかもしれない。水沢が、戸惑ったように目を伏せる。それから彼は、握る手に力をこめた。
「がそこまで言うなんてな」
笑った。
「ありがとう。諦めないよ、俺は。やっぱり、団体は俺の夢だから」
「うん」
「応援してくれよ、最後まで」
「当たり前でしょ。私も絶対、諦めないからね」
二人はまだ知らなかった。
この夢の先に、何があるのかを。ただ、信じていただけだ。何があろうと、夢さえ忘れなければ、いつかは叶うのだ、と。
ただ、二人にはそれだけで十分だった。
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