放課後、悠太は鷲津学院へ謝罪に向かったので、残った三人で練習を始めていた。
は案の定、月森に誘われたが、もちろん断った。月森と日暮里だけならばともかく、赤羽たちと一緒に行動するのは本当に勘弁してほしかったのだ。同じグループにいるというのに、赤羽は月森たちとは違う。隣の席に座っているというのに、今まで一度も目を合わせたことがなかった。
月森も、もうが断るのはわかっていたようだ。日課になってしまっているのかもしれないし、もしも誘いに乗ってくれたらラッキーだ、程度にしか思っていないのかもしれない。
断ると、あっさりと納得して、さっさと教室を出て行ってしまった。
もしかすると、気を遣ってくれているのかもしれない。彼も馬鹿ではないから、学校内での視線に気づいていないはずがない。それなりに、自分のことを考えてくれているのだろうかと思うと、少しだけ申し訳なくなった。
両手にペットボトルを5本抱えたは、小走りで水沢たちが練習しているであろう場所へ向かっていた。
差し入れのスポーツドリンクを4本、そして自分のカフェオレを一本。
悠太と火野の分も買うべきか迷ったが、悠太が帰ってくるまでにぬるくなってしまうだろうし、火野はどうせ一緒に練習しないからということで、4本しか買わなかった。もちろん、東の分も入っている。
遠くから、聞きなれた怒鳴り声が聞こえた。
また東が何かしでかしたのだろうか。苦笑しつつ角を曲がると、ちょうど校舎の中から月森たちが出てきたところだった。
「わーたーる」
日暮里も一緒だが、赤羽たちも一緒だった。
声をかけようとしただが、瞬間的に踏みとどまって、気づかれないように身を潜めた。特に隠れる必要もなかったはずなのだが、やはり赤羽は怖い。
「ゲーセンいこ」
「わり、パス」
あっさりと、東は月森の誘いを断った。
自分に断られたときとは違う。は月森の表情を見て、直感した。
「やっぱり、寂しいんだ」
本人は否定していたが、ずっと一緒に行動していた人間が、違うものに夢中になって離れていくのはやはり寂しいだろう。
も、水沢が新体操を始めた当初は、自分にはわからない世界で楽しそうにしている彼においていかれたような気がして、ずいぶんと拗ねたものだ。結局、今はこうして応援しているのだが。
「兄貴! 俺も混ぜて!」
ついに日暮里までも抜け出した。
引きとめようとした月森にも気づかず、彼は東を追いかけて行ってしまった。まるで捨てられた犬のよう。そんな感想を抱いて、は笑うべきか心配するべきかわからなくなった。
ただ、あれほど寂しそうにしている彼を、放っておくことなどできなかった。
「つーきもーりくん」
気づけば、赤羽が怖いと思っていたことも忘れて、踏み出していた。
「やあ、今からゲーセン?」
「ん、おう。も行く?」
「ゲーセンは趣味じゃないっつったじゃん」
「聞いてみただけー」
寂しげな表情は消え去って、月森はいつものような明るい笑みに表情を切り替えた。
「月森、これあげる」
「ん、何これ」
「見りゃわかるでしょ。カフェオレ」
自分のものだったが、月森に押し付ける。
どうしていきなり、と彼の顔には書いてあったが、それを無視して握らせた。
「ま、これでも飲んで元気を出しなさい」
「じゃあ、明日は俺とデートしてくれる?」
「気が向いたらね。じゃ、私は拓たち追いかけなきゃ。東くんが何かしでかしそうな予感がするし」
「うん、じゃあな」
手を振る月森に、同じように手を振り返す。
ちらりと赤羽たちを見ると、妙に呆れたような表情を見せていた。すぐに目を逸らして、もう一度じゃあね、と伝え、は東たちが向かったほうへ駆け出した。
自分にはどちらかを選ぶことはできないが、それはどちらも選ぶことができるということだ。月森が寂しそうな顔をしているなら、できる限りそれを実感させないようにすることはできるのではないだろうか。
もう一度振り返ると、月森たちは既に校門のほうへ向かっていた。
赤羽たちと一緒に歩いている彼は、やはり自分とは少し違う世界に生きていると思う。
だが、繋がることはできる。少しずつでもいい、彼のことを知っていけたら良い。
自分のあげたカフェオレを呷っている彼の横顔を見ながら、は微笑んだ。
「亮介、お前、にマジなのかよ」
「んー? 何だよ、いきなり」
カフェオレのふたを閉めていた亮介は、唐突に赤羽に肩を組まれ、ペットボトルを落としそうになった。
ニヤニヤと笑っている赤羽は、恐らくこう言いたいのだ。
お前らしくない奴に手を出したな、と。
「今度は何日で別れんだ?」
「いや、つーかまだ付き合ってねえし。そのうちそうなる予定だけど」
このカフェオレは、彼女なりの一歩だと思う。最初はあれほど拒絶されていて、更に一度はひどく突き放されたというのに、今は違う。
月森のこと、もっと知りたい。
その言葉通り、はゆっくりと距離を縮めてくれている。不機嫌そうな顔をしていても、最終的には笑いかけてくれる。何より、彼女と一緒にいると、楽しかった。
「そういやお前、知らねえのか」
「は?」
「あいつ、俺と中学同じなんだよ」
初耳だ。思わず素になって赤羽を見つめる。
「で? まさか、昔お前と付き合ってたとか言わねえ限り、俺は驚かねえよ?」
「馬鹿じゃねえの、誰があんな女」
「あ?」
赤羽を威嚇する。が、彼は全く動じた様子も見せず、その笑いを崩さなかった。
「あいつ、元は私立目指してたんだよ。合格確実っつわれてて、先公どもも期待してたんだけどな」
「へえ」
「3年の夏ごろに、いきなりカラ高に進路変更しやがった。何があったのかは知らねえけどな。でもよ、何があったにしろ、お前とはつりあわねえだろ」
知っている、つりあっていないということくらい。
一緒にいれば、嫌でも聞こえてくる興味本位の囁きの数々。お互いに聞こえていないふりはしていても、自覚はあるのだ。
ただ、それでも諦めきれない。
適当に遊ぶ程度が一番楽しいはずなのに、彼女と一緒にいると、本気を求められる。だが不思議と、それが心地よかったりもするのだから、人間というのは不思議だ。
赤羽の腕を押しのけて、もう一度カフェオレを口に含む。
ほろ苦いその味は、今の自分にぴったりだと思った。
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