さて、次の日のこと。
「おい、待てよ!!」
あくびをかみ殺しながら歩いていたを、二つの人影が追い越していった。
一人目は、制服姿の悠太。そしてもう一人は、ジャージ姿の東だった。
また何か東がやらかしたのか、そう思って二人の様子を眺めていると、どうも様子がおかしい。どこがとは言えないが、特に悠太のほうが余裕をなくしているような。
団体をやめるということについての話だろうか。
どちらにせよ、自分が口出しできることではなさそうだ。少し歯がゆいが、ここは同じ新体操部の東や水沢に任せたほうが良いだろう。
――と思っていると、また一人、を追い越していった。
「航!!」
月森だ。
自分で言うのも何だが、彼が自分に気づかないというのは珍しい。は瞬きを繰り返して、今度は月森と東のやり取りに目を奪われた。
忙しい人たちだ、と思いつつ。
「ちょ、話あんだけど」
「後にしろ!」
「いや、マジで!」
月森は、相当切羽詰っているようだ。
東が悠太を追いかけようとしても、その腕を掴んで放さない。だが、なにやら相当怒っているらしい東にとって、今回ばかりは月森の存在も煩わしかったようだ。
「うるせえな! 後にしろよ!」
「!」
「どうせ女の話だろ!」
ひどく、傷ついた顔をした。
そんな月森を斜め後ろから見つめ、どうするべきか思案する。本当に女の話ならば、聞かなかったことにしたほうが良いかもしれない。だが、月森の横顔は、到底そんな次元の話で悩んでいるようには見えなかった。
悠太を追いかけて教室に入っていく東を見つめていた月森だったが、しばらくして、そっと目を伏せた。そうして、再び顔を上げた彼の目には、ずいぶんと冷たい光が宿っていた。
「――月森?」
耐え切れなくなって、声をかけた。
その瞬間、彼はパッと振り向いて、目が合う。
「何か、あった?」
「や、別に。っつか、見てた?」
「あ、うん。東くんを捕まえるところから」
「じゃ、聞いてたっしょ。また女の子の話。昨日会った子が可愛くてさあ。あ、由美ちゃんって言うんだけど」
聞いてもいないのに、昨日会った女の子の話をペラペラと喋りだす。
特に嫉妬もしないが、仮にも好きだと言っている相手の前でその態度は何だ。やはり、月森の考え方は、よくわからない。
「それより、何か新体操部がもめてるっぽいけど、良いのかよ」
「え?」
「何か、竹中がやめるとかどうとか」
「え!?」
あからさまに話を逸らされたが、月森のもたらした情報に食いつかざるを得なかった。
思わず彼から目を逸らして、教室内でもめている悠太と東に目をやる。
一瞬だけ、信じられずに呆然とした。月森は、その隙を突く作戦だったらしい。が目を逸らした瞬間に、背を向けた。
「ちょっと待て。今どさくさに紛れて逃げようとしたでしょ!」
「チッ」
だが、そんな作戦に騙されるではない。すかさず月森の制服を掴んで、引き止める。
「話したくないんなら、無理に聞かないけど」
「じゃあ、解放してくれる?」
「それは別。聞きはしないけど、心配してるんだからね、こっちは。忘れないでよ」
明らかな作り笑いを浮かべていた月森は、その言葉を聴いて瞬間的に真顔になった。
やはり、何かあったのだ。そうでなければ、あんな顔をするはずがない。何かに失望したような、そんな顔を。
「……って」
「何?」
「思わせぶり……」
「はあ!?」
こっちは心配しているのに。
思わず眉間に皺が寄った。それを見た月森が、両手を挙げて降参のポーズをとる。
「いや、でも嬉しい。ありがと、」
「……別に、心配してるわけじゃ」
「さっき自分で心配してるって言わなかったか?」
「あ、あれは! いや、うん……」
月森が楽しそうに笑う。一瞬でも良い。自分の言葉で心の曇りが払われれば良い。
掴んでいた制服の裾を放し、一歩の距離を置く。
「ごめん、俺帰るわ」
「え、もう? せっかく今日は付き合ってあげようと思ったのに。っていうか、コンタクト買いに行くから、付き合って欲しかったのに」
「あ、マジで? わりぃ。でも、今日はちょっと、そういう気分じゃないっつーか」
「まあ、良いけど」
そういう気分じゃない、というのは、何でもない言葉のように見えて、重大なことだ。あの月森が、遊びに付き合ってくれない。よほど気にかかることがあるに違いない。
自分にも言えないことなのか。
そう考えた自分自身に、は驚いた。これでは自分が彼にとって特別な存在のようだ。それを望んでいるかもしれない自分を垣間見た気がして、胸がドキリとした。
「じゃな」
「あ、うん。気をつけてね。車に」
「俺は子供か」
ぼんやりとしていて、おかしなことを言ってしまった。
取り繕うように、冗談を重ねる。
「ああ、そっか。車に気をつけるのよ。道を渡るときは、右を見て、左を見て、もう一度右を見て。知らない人についてっちゃ駄目だからね?」
「知らないお姉さんにはついてっちゃうかも」
「ばーか」
さっさと行け、と手で追い払う仕草を見せる。月森は苦笑して、今度こそに背を向けた。
少しでも、彼を元気付けられただろうか。
そう考えているは、知らなかった。
既に、月森は大きな流れの中に巻き込まれ、抗うこともせず飲み込まれようとしているということを。
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