一日中、月森のことが頭から離れない。
 不安と心配が渦巻いて、落ち着かないのだ。そんな状態に耐えかねたは、ふらりと屋上への階段を上がった。
 途中、木山とすれ違った。

「あ、木山くん」
「……よう」

 言葉は控えめだが、話しかけるときちんと反応してくれる。
 今のところ、クラスの不良の中で一番まともなのは彼だと、は思っている。話しやすさならば断然月森で、それ以上に学年は違うが日暮里が話しやすい。
 一度は通り過ぎようとした彼だったが、ふと表情を動かした。

「……月森から、目ぇ離さないようにしろよ」

 それは、どういう意味なのだろうか。
 過ぎ去ろうとする木山を振り返り、声をかける。

「どういうこと? そういうこと言われると、不安になるんだけど」
「不安になるような心当たりが、お前にはあるんだろ」

 息を呑む。
 ならば、木山は月森の様子がおかしい理由に気づいているのだろうか。問いただしたかったが、木山がそれ以上の会話はしたくないとばかりに歩き始めてしまったため、聞けなかった。
 フラフラと屋上へ入ると、そこには東がいた。

「よう!」
「どうも」

 一瞬だけ驚いた顔をした彼だったが、すぐに人懐こい笑みを浮かべた。
 最初の頃に比べて、彼は本当に屈託なく笑うようになった。それが嬉しくて、つい不良グループのリーダーだということを忘れたまま話しかけてしまうこともあるほどだ。

「亮介知らねえか?」
「月森なら、今日は帰るって」
「そっか……」

 東もまた、月森の様子が気になったのかもしれない。
 彼の向かい側に座り、何となく誰かの読みかけの雑誌に手を伸ばした。が、読んだことのある漫画は掲載されていなかったので、すぐに読むのをやめた。

「月森、何かあったのかな……」
「知らねえ」
「元気なかったんだよね、何か」

 軽くため息をつくと、東はを見て眉間に皺を寄せた。
 何か怒らせるようなことを言ってしまったかと思い、思わず肩を震わせる。

「お前と喧嘩したんじゃねえのか?」

 だが、東の言葉はかなり見当違いなもので。
 は一気に脱力した。

「違うよ。何でそうなるの」
「いや、また女がらみなら、やっぱお前と喧嘩じゃねえかと思って」
「いやいや、してないから」

 やはり東にも、全く見当がつかないらしい。
 明日には元に戻っているといいが、何となくそうならないような気がして、気分が重くなった。無理に話題を転換する。

「そういえば東くん、悠太くんのことなんだけど……」
「ああ、あいつ、マジで何考えてんだよ……」

 気になることが多すぎて、どれに頭を割いていいのかがわからない。
 二人して頭を抱え、ため息を吐き出す。結局気分は全く軽くならない。

「どうなるんだろ、新体操部……。団体も、もう無理なのかな」
「あ? ぜってぇ諦めねえからな、俺は!! 鷲津をぶっ潰すまで!」
「……東くんが言うと、違う意味に聞こえる」

 彼がそれだけ本気になってくれたのは嬉しいが、また妙なことをしでかさないでほしい。
 正直な話、東の再入部を拒否しようとした悠太の気持ちもわかるのだ。東は、大きく膨らんだ風船のようなもので、針で少し突けば破裂する。誰もそんなものを抱えて部活をしたいはずがないだろう。
 だが、ただ拒否するには、東の存在は大きすぎた。今では、あれほど距離を置いていた彼と一緒にいるのも楽しいし、自分勝手ではあるが、一度は諦めようとしたとき、彼に引っ張られたのは事実なのだから。

「つーかお前、いつまで手伝いなんだよ。正式に入部すりゃあいいじゃねえか」
「えー」
「水沢のダチなんだろ!? あいつを一番近くで応援してやれよ!」
「んー、入部しなくても、私と拓は仲良しだし」

 今のところは、正式に入部するつもりはない。
 入部するとしたらマネージャーになるのだろうが、全く知識もないし、逆に迷惑をかけそうだと思う。そもそも、6人しかいない部に、マネージャーが必要なのか。

「まあ、一応お勉強も忙しいし?」
「勉強なんざどうでもいいじゃねえか!」
「ま、東くんにはそうかもしれないけどね。私にもいろいろあるってことだよ。親の期待とか」
「よくわかんねえ」

 別にわかってもらいたいわけではない。
 自分を誤魔化すには、学生らしく勉強という理由をつけたほうが良いというだけだ。

「……それに」
「あ?」
「私まで入部したら、あいつがね」

 月森が、きっと寂しがる。自信過剰かもしれないが、そう思った。
 彼はきっと、必死にごまかしてはいるが、東だけが違うものに夢中になっているのが寂しいのだ。相手にしてもらえないし、自分だけが置いていかれたようにも思えるし。
 東が、中途半端に言葉を切ったを、怪訝そうに見つめた。

「なーんでもない。さて、私はそろそろ教室に戻るよ」
「おう」
「東くんも、たまにはお勉強したほうが良いと思うよ? 茉莉ちゃんに好かれたいなら」
「なっ、うるせえよ!!」

 立ち上がって、出口へ向かう。背後で東が、何でばれてるんだ、と呟いているのが聞こえて、思わず笑った。
 月森も、あれくらいわかりやすければ良いのに。
 そうすれば、自分はもっと素直に彼を受け入れることができる。寂しい思いをさせなくても、済んだかもしれない。
 今の自分にできるのは、どんなことだろうか。少しでも彼の寂しさを紛らわせるために、傍にいてやることか。
 そんなことを考えていたは、自分の心境の変化に気づき、ひどく驚いた。




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