放っておけと言われて放っておけるはずがない。
 は月森を尾行することにした。校門をくぐる月森を追って、そっと彼が向かった方向を確認した。どうやら街のほうへ向かっているようだ。

「あれ? 姐さん、何やってんすか?」
「うわあ!!」

 校門の影から覗いていると、突然後ろから声をかけられた。誰もいないと思っていたので、その驚きはかなりのもので、の脈拍は一気に跳ね上がった。

「日暮里くんかあ……」
「どうしたんすか?」
「ああ、今ちょっとね、月森を……あっ! ちょ、説明は後!」
「へっ!? 姐さーん!?」

 見失いそうになった。
 慌てて追いかけて、街へ向かう。前方を行く月森の後姿が見えたところで、は急ブレーキをかけた。
 どうやら一緒に来てしまったらしい日暮里に、静かに、とジェスチャーで示す。

「月森がね、今からグループ抜けてくるって」
「グループって、あの?」
「そう。でもさ、絶対やばいじゃん。怖いよね」
「そっすね、絶対やばいっす」

 いつもとは違う真剣な表情で、日暮里が月森の後姿を追う。
 やはり、彼らは月森を本当に嫌いになったわけでも、失望してしまったわけでも、見放したわけでもないのだ。まるで自分のことのように嬉しくなった。月森がどれほど傷ついていたか、この目で見ていたのだから。

「日暮里くん」
「はい?」
「月森のこと、見捨てないでくれてありがとう」

 日暮里がきょとんとして首を傾げた。
 彼にとって、当然のことだったのだろう。例え月森が道を踏み外したとしても、それでも仲間だと思っている。

「姐さんのほうがすごいっすよ」
「は?」
「亮介さんに、抜けるように言ったの、姐さんじゃないんすか?」
「私じゃないよ。月森は、自分から抜けるって言い出したの。それで、東くんにも日暮里くんにも謝るって」

 月森は、一軒の喫茶店に入っていった。外から見る限りでは、客の姿はない。いかにも不良のたまり場、と言った感じの場所だ。その中に、一人だけ男がいた。
 その男の姿を見た瞬間、言いようのない恐怖を感じた。それは恐らく日暮里も同じだったのだろう。目を丸くした後、彼はの腕を引っ張ってさりげなく店の前を通り過ぎた。道路を渡って、反対側で息をつく。

「いかにも、って感じだったね」
「っすね、あー、怖かった」
「日暮里くんは素直でいいねえ」

 怖かった、と躊躇いもなく言う彼を見て笑う。虚勢など、彼には存在しないのかもしれない。いつでも自然体で、だからこそ東や月森にも愛される。
 しばらく、その場所で店の様子を窺った。

「あっ、出てきた」
「どこ行くんだろ」
「っつか、亮介さん、血ぃ出てましたけど……」
「よく見えたね」

 自分の口の端を指差して、日暮里はここに血が、と言った。よくもまあ、そんなところまで見えたものだと感心すれば、視力だけは良い、と自慢げに返ってきた。
 尾行を再開した。
 今度は月森だけでなく、あの恐ろしい男も一緒にいるので、慎重につけた。そのおかげか、一度も見つかることなく、二人は尾行を完遂した。
 その場所は、地元の人間なら絶対に近づかないような倉庫で。子供の頃から、この場所には近づかないように、と親や教師に散々注意されていた場所だ。中から音楽が漏れ聞こえる。間違いなく、ここが彼らの本拠地なのだろう。

「どうする……?」
「あ、兄貴! 俺、兄貴を呼んできます!」
「えっ、でも」
「大丈夫っす! 俺、兄貴のことなら何でもわかるんで! 兄貴なら、絶対亮介さんを助けてくれますよ!」

 つきあいの短い自分にもわかる。
 東は、月森や日暮里のためなら、自分の身を削ってでも助けに来るだろう。だが、もしも彼が暴力を振るったら、新体操部は――

「姐さん、絶対ここから動かないでくださいね」
「日暮里くん……」
「絶対っすよ? あいつらに見つかったら、何されるか、わかんねっすよ」
「……うん」

 今は、東にすがるしか方法がないのは確かだ。
 警察に通報すれば、月森まで一緒に引っ張られるだろう。そういうことを言っている場合ではないのかもしれないが、やはり躊躇してしまう。
 日暮里を見送り、倉庫を振り返る。
 月森は今、自分の戦いに挑んでいる。大切なものを取り戻すために、耐えている。だから自分も、彼のそんな決意を信じることしかできないのだ。
 無意識に手を握り合わせたは、小さく呟いた。

「――亮介、無事でいて」


 どれだけ待っただろう。
 日暮里の言いつけを守って、物陰に隠れて、ひたすら倉庫を窺っていたは、背後に足音が聞こえたのに気づいて、振り返った。

!」
「あ、東くん……! え、悠太くんも!」
「事情は後だ! 亮介は!?」
「まだ、わかんない。ずっと倉庫見張ってたけど、誰も出てこなくて」

 息を切らした東と日暮里、それから何故か悠太も一緒に走ってきていた。
 倉庫には全く動きが見られない。あの大音量でかかっている音楽さえなければ物音も聞こえるのだろうが、あいにく全てがかき消されているようだった。

「東くん、来てくれてありがとう……」
「当たり前だろ! 亮介は俺のダチなんだからよ!」

 一度は見損なった、とまで言っていたのに。
 あの時は、自分の胸まで痛んだ。何より月森が悲しそうな顔をしていたから、それに胸を痛めたのだ。東たちがいなくなると、月森の笑顔はきっと二度と見られなくなる。それが何よりも、自分にとっては怖いことだった。
 涙ぐんだを見て、東は困ったように目を泳がせて言った。

「お前、マジで亮介のこと、好きなんだな」
「……うん」
「俺のほうこそ、ありがとな。亮介のこと、信じてくれて」

 無言で頷く。
 その瞬間に、涙が一粒零れた。





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