倉庫の中は薄暗く、埃が充満していた。
手が震える。大きな音が、聴覚を麻痺させるかのようで、思わず耳を塞ぎそうになった。
「東くん……!」
倉庫の奥では、男に押さえつけられた月森が、歯を食いしばって耐えていた。その顔は血だらけで、暗くて見えないが、恐らく制服は埃まみれだ。
友情を取り戻すために、一人で戦うことを決めた月森と。
友情を証明するために、ひたすら耐えることを決めた東と。
やがて、静寂が訪れた。
「もう、死ね」
それまでひたすら東をいたぶっていた男が、ただ耐えるだけの彼に飽きたのか、鉄パイプを握った。
目の前が真っ赤に染まるようで、震えは足まで広がった。だが、は必死に虚勢を張り続けた。それは、隣に悠太がいたからか、日暮里がいたからか。違う。ここへ来たのは自分の意思だからだ。
「兄貴――!!」
「航――!!」
「東――!!」
叫び声すら出なかった。ただ、歯の根が合わず、震える息だけが漏れ出した。
命の危機にさらされながらも、東はまだ抵抗しようとしなかった。亮介を解放してください、とそれだけを言い続けている。
だが、男は鉄パイプを振りかぶったまま、動きを止めていた。
まるで、時間が止まってしまったかのように、誰も身動きをしなかった。ただ響き渡るのは、誰かのゆっくりとした足音。
「何やってんだ、北川」
「権藤さん……!」
突然の第三者の出現だった。黒いスーツを着た男は、ためらうことなく北川に近寄った。
その声は、どこまでも穏やかで。
「お前、最近俺に隠れて妙なしのぎやってるらしいな」
状況の変化についていけない。
ただ、一つだけはっきりわかること、それは、この一見優しげに見える権藤という男こそが、誰よりも恐ろしいということだった。
彼は、北川から鉄パイプを奪うと、一瞬の躊躇もなく、殴り倒した。
容赦ない暴力の嵐だった。骨の折れるような音と、荒い息遣い。北川はうめき声一つ漏らすことなく、うずくまっている。
「連れて行け」
怖い。今度こそ足が大きく震えた。頭は働かずとも、本能で察するのだろう。
権藤は、一言東に声をかけると、それ以外には興味がないとでも言うように、去っていった。
倉庫にたまっていた男たちは、一人もいない。
終わったのか。
「兄貴!」
日暮里が、東に駆け寄る。
そこで思い出した。月森を助けに来たのだった。は倉庫の奥に膝をついて呆然としている彼に駆け寄った。途中、何度も転びそうになった。震えは止まっていない。
「……月森、大丈夫!?」
「……っ」
泣きそうな顔で呆然としていた彼は、を見て顔を俯かせた。
立ち上がろうとするのを助ける。一緒に転びそうになったが、何とか耐えた。
「東くんが、助けに来てくれたよ。日暮里くんも、東くんを呼ぶために走ってくれたんだよ」
「……お前は」
「心配で尾行してたの。ごめんね、約束破って」
足を引きずるようにして歩く月森が、を見て顔を歪ませた。
それから彼は、同じくフラフラの状態で日暮里に支えられている東のほうへ、一人で向かった。
「……何で来たんだよ」
震える声で、必死に発せられた言葉。
東は無言のまま日暮里から離れると、そのまま月森を殴り飛ばした。
「ダチは見捨てねえ」
至極簡単な理由。誰もが納得のいくはずの理由だが、これを実行できる男はきっと少ない。東も日暮里も、月森のために危険を顧みずに助けに来てくれたのだ。友達だから。
頬を押さえて座り込んでいる月森の傍に、しゃがむ。
手を差し出すと、彼は泣きそうな顔のまま笑った。
「また怪我が増えたね」
「もう増えねえよ」
「うん。だと良いね」
どうせまたすぐに喧嘩で怪我をするのだろうけれど。だが、どれだけ怪我をするとしても、もう二度と、こんな悲しい怪我はしないはずだ。
は苦笑して、月森の手を引っ張って、立たせた。
「なあ、」
「ん?」
「俺、やっぱお前のこと、好きだわ」
月森を見上げる。何も答えないを、彼はいつものように冗談だと思われてしまったのだと判断したらしい。誤魔化すように笑って、行こうぜ、と視線を外した。
何も言わなかったのではない。
言えなかったのだ。
彼のその声音と、微かに震えた言葉に、彼の本気を読み取ってしまったから。
「オムライス食い行くぞー」
日暮里に支えられて倉庫を出ようとしていた東が、そう言った。
月森の背中を押す。
「行っておいでよ」
振り返った彼は、にじんでいた涙を拭って、東のほうへ走っていった。笑いあう三人の姿が、外から差し込む光と一緒になって、妙にまぶしかった。
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