「そっか、頼みに行くんだ」
「ああ。やっぱり、俺たちには新体操しかないからさ」
「良かった。悠太くんがやめるって言い始めたときは、どうなることかと思ったけど」
「ほんと、さんにも心配かけたよな。ごめん」

 珍しく、と悠太が二人で喋っていた。水沢と金子は席を外していて、は水沢の席に座っていた。
 昨日、あれから悠太と水沢たちは和解した。更に、悠太はまた団体をやると宣言した。
 これで、元通りだ。月森も楽しそうに東と喋っていて――

「あれ?」
「どうかした?」

 月森の席を見たは、そこにいるはずだと思っていた彼がいないことに気づいて首を傾げた。悠太がの視線を追うように振り返り、その先に何があるのかを確認して、笑った。

「そういえば、さんは、月森と付き合ったりは?」
「え、何で悠太くんまで」
「いや、だってほら、昨日東に好きなんだなって言われて、頷いてたし」
「えっ、あれは、えっと」

 つり橋効果だ、などとわけのわからないことを言って、は誤魔化した。
 月森のことは、好きだ。それはほとんど恋で、誤魔化すことなど到底できない。恐らく今も顔が赤くなっているだろう。
 悠太が意味深な笑いを浮かべて、頷いた。
 その時だ。教室のドアが勢い良く開いて、日暮里が飛び込んできた。

「姐さん!!」

 彼は、が自分の席にいると思って後ろのドアから入ってきたらしいが、は今水沢の席にいる。きょろきょろと教室内を見回している日暮里は、を見つけて駆け寄ってきた。

「姐さん! ちょっと来てください!」
「はあ!? っていうか、あんまり人前で姐さんとか呼ぶのは……」
「そんなことどうでも良いんすよ! ちょっと、大事な話があるんです!」
「えっ、ちょっ……」

 無理やり教室から連れ出された。
 急かす日暮里を追いかけて、階段を駆け上る。この先には、屋上しかないはずだ。

「日暮里くん? 大事な話って……」
「じゃ、ごゆっくり!」
「は!?」

 屋上に踏み込んだ瞬間、日暮里がドアをバタンと閉めてしまった。振り返れば、ニコニコと手を振っている日暮里と、いつからそこにいたのか、東がいた。ドア越しに目で問う。いったい何だ、と。
 終わるまで出てくんな、という、東の言葉がガラス越しに何とか聞こえた。

「意味わかんね」

 楽しそうに階段を下りていく二人を見送って、はとりあえず何かヒントでもないかと屋上を歩いた。

ちゃん」
「あれ、月森。ここにいたの?」

 いつも自分が座っていた場所を覗くと、そこには先客がいた。
 月森は、タバコを踏み消して、自分の隣を叩いた。座れということだろう。
 そういえば、初めて会った日も、ここでこうして並んで座った。

「日暮里くんに大事な話があるって言われたんだけど」
「ああ、それ、俺の命令。どうしてもと、二人で話したくて」
「はあ……? うん、まあ良いけど」

 隣に座る。そういえば最近、この場所に座っていない。以前は息が詰まりそうになるたびに、ここに来ていた。それがなくなったということは、やはり自分は今のびのびとしているのだろう。水沢が喜ぶのも、あながち間違いではない。

「手ぇ出して」
「ん?」

 右手を差し出すと、月森は自分のポケットの中から何かを取り出した。

「それ、心配かけたお詫びって奴」
「……月森ってさ」
「何だよ」
「今まで振られたこととか、ないでしょ」

 手のひらの上には、シンプルな指輪が乗っていて、それはキラリと光った。宝石も装飾もない、ただのシルバーリング。
 月森はの発言の意図を掴みかねたのだろう、首を傾げた。

「指輪って、結構特別なアイテムじゃん。それを付き合ってない女の子相手にあげるって、よっぽど自信なきゃできないなあと思って」
「別に自信あるとか言ってねえよ!」
「じゃあ何」

 平静を装ってはいるが、胸は苦しかった。
 自分は今確実に、期待している。そう自覚すればするほど、胸が苦しくなる。


「……」
「好き」

 真剣な表情で、月森はそう言った。笑うのでもなく、照れるのでもなく、ただ一言だけ。

「……」
「本気だからな。お前だけは、本気。別に、無理に付き合えとか言わねえけど! でも、俺がマジだってことくらいは、知っといて」

 気づかれないように、唾を飲み込んだ。
 あとは、自分が信じるだけ。
 指輪の乗った手を、月森に突きつける。彼は、それとの顔を交互に見て、目を細めた。

「やっぱ、迷惑だよな」
「……何言ってんの?」
「へ?」

 指輪をつまみあげた月森が、お前こそ何言ってんだ、という顔でを見た。

「どうせなら、月森につけてほしい」
「……」
「どれでも好きな指、あんたにあげる」

 月森は何かに取りつかれたかのように、無表情での右手を取った。

「マジで? どれでも?」
「うん」
「後悔すんなよ」
「後悔させないで」

 冷たい感覚が、薬指をなぞる。
 根元まで達したのを見て、は息を吐き出した。

「私も、好き」

 きっと表情は強張っていた。それでも、月森はの気持ちを受け取ったのだろう。これ以上ない笑みを浮かべ、小さくガッツポーズをした。





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