「じゃーん、実は俺もおそろいのを持っているのであるー」
「何その喋り方。気持ちわる」
窮屈な物陰から脱出して、二人は校庭を臨んだ。
「気持ち悪いってお前、それが彼氏に言う台詞?」
「あー、やっぱめんどくさい。好きとか言わなきゃ良かった」
「お前が言うとマジっぽいからやめて……!」
「で、何でそのおそろい、つけないの?」
あっさりと話題を元に戻して、は首を傾げた。月森の手の中には、の薬指に通されているものと全く同じものがあった。
「つーけーて」
「何で私が?」
「さっき俺がつけてやったじゃん!」
「っていうかあんた、既にいっぱいついてるし、見てて邪魔なんですけど」
月森の指にある指輪の数を数えて、は首を横に振った。恐らく感性が違うのだ。徹底的に派手な月森と、普通の女子高生の体をしたと。やはり不釣合いにしか見えない。
「細かいこと言うなよ。ほら、好きな指につけさせてやるから」
「うーん……」
差し出された10本の指を見つめて、は結局自分と同じように、右手の薬指に指輪を通してやった。期待していたのだろう。月森はの指と自分の指を見比べると、満足そうに笑った。
「言っとくけど、おそろいとか持ってんの、お前だけだからな」
「はいはい、そりゃどうも」
「もっとさあ、喜べない? 私だけ特別なのね、嬉しい! って」
「私だけ特別なのね、嬉しい」
「心がこもってない。まあお前らしいとは思うけど」
そんなに可愛い人間じゃない、と言い放つと、月森は苦笑した。
まるで全てお見通しだ、とでも言うように。
「ところでさ、」
「ん?」
「俺も、新体操始めようかと思ってんだけど」
思わず目を丸くして月森を見上げてしまった。
まさか彼の口からそんな言葉が聞けるとは思っていなかったのだ。
「どうしたの、いきなり」
「うん、竹中がさ、また団体やるって言い出しただろ? 航もマジみたいだし、最初は見てるだけにしようと思ってたんだけど……人数足りねえんだろ?」
「うん、一人足りない」
「だから、俺で良かったらと思って」
ただの人助け気分、というだけではないだろう。
彼の心の奥にある本心を読み取ろうと、は首を傾げて笑う。
「……ちょっと、羨ましくなったんだよ。あんな夢中になってるの見せられたら」
照れたのか、目を泳がせて月森は言った。
まるで自分のことのように嬉しくなった。何も言わずに月森の肩を叩く。彼がまた近くに来たようで、自分たちと同じ場所にやってきたようで。
「で、は?」
「ん?」
「お前は、新体操部、入らねえの?」
月森から目を逸らして、校庭を見下ろす。
答えは決まっている。
「入らないよ」
「何でだよ」
「だって、朝練とかきっついし。早起き苦手なんだよねー。それに今年、受験だし?」
適当な理由を並べ立てる。
真剣な目をした月森が、何かを読み取ろうと、顔を覗き込んできた。
彼らの仲間に入りたい。ただの手伝いではなく、一緒に笑ったり、悩んだりできれば、どれだけいいだろうか。何度もそう思った。
だが、現実はそれを許さない。
「そういやお前、赤羽と同じ中学なんだってな」
「……ああ、うん。でも今まで一回も喋ったことないよ」
どうしていきなり赤羽の話が出てくるのか。一瞬だけ、もう話は逸れたのだと油断した。
だが、続いて月森が発した台詞に、の背筋は凍りついた。
「ほんとは、私立目指してたんだって? で、いきなりカラ高に来た理由は何」
「……何、それ。赤羽くんが言ってたの? 信じたんだ」
「嘘?」
「嘘に決まってんじゃん。私立に行こうかなーって思ったこともあったけどさ、私の頭じゃ無理だったの。超頭良い奴らが集まる学校なんだよ? 高校受験ごときで苦労したくもなかったし」
地元の中学生は、大体カラ高を目指す。よほど高い志がなければ、または専門的な技能を身につけようなどと思っていなければ、他の高校を選ぶことはない。だからこそ、東のような人間から、金子のような秀才まで同じクラスにいるのだ。
勉強に対して志の高い人間は、地元で進学率トップの、有名な私立高校を目指す。
少し成績が良ければ、一度は考えるだろう。自分でも合格できるのではないか、と。エリートへの道を歩めるのではないか、と。
自分も、その中の一人だったという、それだけの話だ。
そう、月森に説明した。核心には触れずに、ただ自分の能力を勘違いしていたという間抜けな笑い話として。
「じゃ、大学は良いとこ目指そうとか、そういう感じ?」
「そういう感じ。やっぱ東京の大学とか憧れるでしょ」
「そりゃ、わかるけど」
月森は、今の説明を聞いても納得していないようだった。
「でも、新体操部っつっても、夏には終わんだろ? 別に良いじゃん、焦らなくても」
「そうだね」
「じゃあ」
「入らないよ。応援できるだけでも、楽しいから」
笑顔のまま、そう告げた。
不満げな顔をした月森が、しぶしぶ視線を外す。
ここで、素直に頷くことができればどれだけ良かっただろう。
だが、自分はそう自由に振舞って良い立場ではない。一度は裏切ってしまった両親と、自分を憎む弟のために、今度こそ期待に応えなければならないのだから。
自分だけが、楽しんで良いはずがない。
校庭に現れた、見覚えのある姿を見下ろしながら、はそう思った。
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