それから数日、は新体操部の練習を見に行くこともなく、過ごしていた。
母親を騙すことに耐え切れなくなったから、最初はそれだけの理由だった。だが、もう一つ見過ごすことのできない理由ができてしまった。
それは、土屋に弁当を預けた次の日のこと。
は、水沢に新体操部の部室へ来るようにと言われて、顔を出した。水沢のほかには誰もいない部室。そこで二人は向き合った。
「……サツキが、俺に『姉がお世話になってます』って伝えてきたよ」
「サツキが……?」
「土屋に聞いたらしい。が新体操部の手伝いをしてたって。、家の人には言ってなかったのか?」
「うん……。ほら、あの時は東くんたちが喧嘩しちゃったときだったから、反対されると思って」
水沢が思いつめた表情で手を握り合わせた。
「サツキは、やっぱ良い顔しないよな」
「あの子は、私のやること全部気に食わないから。月森と付き合ってんのも、ばれたら何言われるか。最悪親にばらされて、反対されて、おしまいでしょ」
「やっぱり、おかしいよ。はサツキを守りたかっただけだろ。なのに、何でこんなこと!」
自分のために、これほど怒ってくれる水沢が好きだ。誰よりも信頼できる。
は自分の中の靄を晴らすために、笑う。いつものことだ。つらいことがあっても、苦しいことがあっても、何もなかったように笑うことに慣れてしまった。
だが、水沢は、そんな仮面のような笑顔にも気づいているに違いない。責めるような目でを見た後、息を吐き出した。
「亮介がさ、心配してた。本当は新体操部に入りたいんじゃないかって」
「……ほんと?」
「ああ。だからさ、亮介にくらい、話しても良いんじゃないか? サツキのこと。本当にのこと、好きみたいだし」
「それはわかってるよ。でも、話したってどうにもならないことが、あるでしょ」
隠し事をしたいわけではない。だが、言う必要がないから言っていないだけだ。
例え全て月森に話したとしても、彼がそれを解決できるはずがない。これは、根深い問題だから。家族全体に行き渡った根のようなものが、自分たちを蝕んでいる。
「あいつの言うとおり、私はね、新体操部の仲間に入りたいよ。でも、無理なの。拓が一番、わかってるでしょ?」
「……ああ」
「心配してくれて、ありがとう。サツキにも、拓みたいな友達がいればよかったんだけどね」
「サツキには、みたいな姉がいるだろ」
その姉は、怯えて何もできないでいるのに。
は自嘲するように笑って、立ち上がった。
そうして、は数日間、新体操部の練習に顔を見せなかった。もともと気まぐれで顔を出していただけなので、誰も気にしなかったようだ。
ただ一人、月森だけが、毎日のように声をかけてきたけれど、適当な理由をつけて断った。行けない理由を、少しでも話そうかとは思ったが、いつもタイミングを逸して、話せなかった。同時にやはり、話してどうなるものでもない、という諦めもあったのだと思う。
そして、ある日のこと。
「、今日も来ない? 何か俺が入ってから、一回も来てねえじゃん。寂しい」
「あー……ごめん。今日はちょっと、お母さんに買い物頼まれてて」
「そっか。じゃあ、まあ諦めてやるけど」
「何で上から目線?」
誤魔化すように笑うと、月森に頭を撫でられた。
「でもよ、こないだから日暮里も休んでんだよな……。あいつ、賑やかだし、いねえとつまんねえの」
「え、そうだったの? 知らなかった……」
「最初はただの風邪っつってたからな。言う必要もないと思ってたんだけど。でも、あいつが三日も風邪長引かせると思うか?」
「うーん……確かに、いつも元気な日暮里くんらしくないよね」
気になった。日暮里は、一度やると決めたことを、しかもそれを東がやっているとなれば、絶対に投げ出したりはしないだろう。もしかすると、風邪が本当に重いのかもしれないし、何か事情があって練習に出ることができないのかもしれない。
「も、もしあいつ見かけたら、声かけてやって」
「うん、わかった。何か月森、面倒見の良いお兄ちゃんみたいだね」
「まあなー。日暮里も、航じゃなくて俺を兄貴と呼ぶべきだと思うんだけど」
「いや、それはどうかと思う。月森は兄ちゃんって感じだけど、兄貴って言われるほどかっこよくは……」
「俺より航のほうがかっこいいってことかよ!」
かっこいいにも、いろいろな種類があると思う。
月森のかっこよさは、見た目や雰囲気だ。だが、東のかっこよさは、内側にあると思う。もちろん、月森にもそれが備わっていないわけではないが、どうしても外見の雰囲気でごまかされてしまうのだ。
そう説明してやると、彼は眉間に皺を寄せたまま、頷いた。納得しているように見えて、納得していないのかもしれない。
「さて、と。それじゃ、俺もう行くわ。ふれあい祭りの練習で忙しいんだよ」
「うん、頑張って。ふれあい祭りは見に行くから」
「おう。あ、俺に惚れ直すなよ?」
「心配しないで、練習に励むといい」
軽く肩を叩く。予想通りの答えだったらしく、月森はそれ以上騒ぐことなく、笑って背を向けた。
嘘をついているし、何も話せていない。
それでも、彼らを応援したいという気持ちに嘘はないから。
「亮介!」
初めて、彼の名前を呼んだ。
「ふれあい祭り、楽しみにしてるから」
振り返った彼は、一瞬だけきょとんとした表情を見せた後、手を挙げた。
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