次の日のことだ。
 いつもは悠太たちと登校してくる月森たちが、HRが始まっても現れなかった。何かあったのか、と悠太たちに問えば、彼らは言葉少なに目を逸らした。
 恐らく、日暮里のことだ。
 はそう直感して、水沢に問いただした。
 そうすれば、彼は語った。昨夜、ゲームセンターから出てくる日暮里を見たということを。練習に出ず、そんなところにいたのだ。例えそれが正当な用事だったとしても、誤解されるのも仕方がないだろう。現に水沢たちは、日暮里が練習をサボって遊んでいると思っているようだった。
 そして、昼休み。
 一通のメールが届いた。

「……亮介?」

 思わず呟いた彼の名前。隣にいた木山が、ちらりとを見て、また漫画に視線を戻した。
 そこには、たった一言。

「会いたい」

 それだけが書かれていた。
 場所も何も書かれていない。いきなりそんなことを言われても困る。
 とりあえず、今朝買ってきた昼食を持って、教室を出た。その辺にいるとは思えない。いるとすれば、屋上か。いや、今日は朝から赤羽がいないので、屋上には彼らがいるはずだ。月森が、そんな場所に呼び出すはずがない。
 とすれば、部室か。
 実質的には部外者である自分が勝手に入っていいものか、は迷ったが、とりあえず行くだけ行ってみよう。そう考えて、部室のドアを開けた。あっさりと開いた。

「私って、天才かも」

 ベンチに寝そべっている月森がいた。
 顔を上げた彼は、携帯を持った手を軽く挙げ、笑う。その笑顔に力がないことに気づきながらも、はソファに座る。

「いきなり何、会いたいって……会いたいんなら、あんたが教室に来ればいいでしょ」
「そういうこと言いながら、来てくれてんじゃん」
「そりゃ、あんなメールもらったら」
なら来てくれると思った」

 勢いよく起き上がった月森が、の隣に移動した。

「亮介、ご飯は?」
「んー、食べる気にはなれない」
「駄目だよ。ほら、このおにぎりあげる。ツナマヨと梅、どっちが良い?」
「大穴をついて、が欲しいって言ったらどうする?」
「はい、ツナマヨね」

 渾身のスルーに、力なく笑った月森はため息を落とした。冗談を言うだけでも精一杯、とでも言うかのようだ。
 おにぎりを開封して、渡す。結局それを受け取って、彼は一口かじった。

「で、何があったの。日暮里くんのことでしょ? 拓に聞いた」
「じゃあ、わかってんだろ」
「日暮里くんは、一度やるって決めたことを放り出すような子じゃないよ」

 何がわかる、と言われればそれまでだ。
 だが、今まで見てきた彼は、そんな根性なしには見えなかった。家族思いで、仲間思い。いつでも笑っていて、誰よりも優しい。
 そんな彼だからこそ、仲間を裏切るような真似は絶対にしないはずだ。

「あいつさ……本当は新体操なんてやりたくなかった、って」
「……え」

 それは、思いのほか、の心を傷つけた。
 日暮里が練習する姿を見てはいないが、月森や水沢に、彼がどれだけ頑張っていたかを聞いていた。鹿倒立ができないので、毎日のように特訓をしているのだと、最近は聞いていた。

「俺だって、何か理由があるんじゃねえか、って考えた。でもよ、もしそれがあいつの本心だったら……」
「亮介……」
「こえーよ」

 あいつの本心を知るのが。
 月森はそう呟いて、俯いた。そんな言葉は嘘だと思いたい一方で、もしそれが本心だったなら、と思ってしまうのだろう。そしてそれはつまり、仲間の裏切り。それを自覚するのが、何より恐ろしいに違いない。

「手」
「ん?」
「手、貸して」

 月森の手を握る。
 今は、こうすることしかできない。

「一人で信じるのが怖いなら、私がいるよ」
「……
「大丈夫。私は、ちゃんと亮介の味方だし、日暮里くんのことも信じてる。怖いけど、亮介が信じるなら、私も平気」

 見詰め合って、笑う。
 思いつめたような表情をしていた彼は、その瞬間に表情を和らげた。
 その、瞬間。

「そうだよな!」

 突然、ロッカーのある中2階から、大きな声が聞こえた。
 とっさに月森の手を離し、立ち上がる。

、お前の言うとおりだな! 俺らが日暮里のこと信じねえでどうすんだよ!」
「東くん……!? いたの!?」
「おう、ずっといた。全部聴いたからな」

 顔を出した東が、と月森を見下ろして、ニヤリと笑った。
 一気に顔が熱くなって、慌てて月森と距離を置いた。

「航、ちょっと空気読んで」
「は? 何がだよ」
「決まってんだろ。マジでいい感じだったのに。航が顔出さなかったら、キスできてたんだからな」
「!?」

 顔を真っ赤にしたのは、だけではなかった。上の東も、顔を赤くして、後ずさった。

「ご、ごめんな、!」
「えええ!? 何で私に謝るの!?」

 自分は一言もキスしたかった、などと言っていない。月森が勝手にふざけているだけだ、とは主張する。

「じゃ、俺は一旦引っ込むから、またさっきの続きから……」
「東くん!? もう!!」
「いいじゃん、。ほら」
「ばっ……馬鹿!! 月森なんて嫌い!!」

 思い切り平手打ちを食らわせて、は部室を飛び出した。
 日暮里のことで悩んでいたくせに、どうしてああも態度を豹変させることができるのだ。異常なほど脈打つ心臓と、体温が上がりすぎてにじんだ汗。
 一方、部室では、ジンジンと痛む頬を押さえつつ、月森がおにぎりをかじって笑っていた。





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