次の日、顔に絆創膏を貼って現れたを、月森は目を丸くして出迎えてくれた。
 顔だけではなく、膝にも大きな絆創膏が貼ってある。大げさかと思ったが、実際まだ絆創膏なしで過ごせるような状態ではなかったので、諦めた。

、お前、それどうしたの」
「いや、派手に転んだ」

 間違いではない。だから、特に言い訳に綻びがあったわけではなかった。
 だが、月森は敏感に、おかしさを読み取ったらしい。

「本当に?」
「本当に」

 転んだ原因が、絡まれて突き飛ばされたからだ、と言わないだけで。
 席について、教科書とノートを机の中に入れた。その間も、月森は疑わしげな視線をに向けたまま、動かなかった。

「何かあったんじゃねえの?」
「何でもないってば」
「じゃあ、何で昨日一日、俺のメール無視した?」
「決まってるでしょ、面倒だったから」

 顔色一つ変わっていないはずだ。
 このまま追及されれば、全て喋ってしまうかもしれない。日暮里のことは、話すつもりなどない。だが、サツキのこと、父親のこと、自分のこと。それらを、喋ってしまう。
 全て打ち明けられれば、どれほど楽になるか。
 彼に心を許しているからこそ、全て話したい。
 それなのに、何故か頑なになっている自分がいる。
 顔を上げて、月森を見つめる。そうすれば彼は、表情を動かした。

「ごめん。昨日は、ちょっと家の用事で手が離せなかっただけだよ。面倒ってのは、嘘」
「……」

 意識的に、口元を吊り上げる。きちんと目まで笑えただろうか。

「俺、今お前の言ってたことの意味、わかったわ」
「は?」

 月森は、笑うことなくの手に触れた。
 暖かい。それが伝わってきて、唐突に泣きそうになった。
 あれから、父親ともサツキとも、一言も口を利いていなかった。家の空気は重苦しく、やはり自分の居場所がなくなったようで、限界を感じていた。

「お前、笑ってねえよ」
「……っ」

 散々自分が言っていたことを、言い返されてしまった。
 月森は、自分に対して心からの笑顔を見せてくれるようになったというのに、自分はきっと何も変わっていない。
 涙が溢れそうになって、慌てて立ち上がった。

「俺にも話せねえの?」
「……ごめん」
「何でだよ」
「ごめん!」

 手を振り払う。本当は、全て話して、慰めて欲しかった。どんな言葉が欲しいのか、自分でもわからなかったけれど、彼の言葉なら、全て受け入れられると思った。
 だが、今更何も変わらない。
 これまで一人で抱え込んできたのだから、簡単に解放してしまえるわけがない。
 スクールバッグを掴んで教室を飛び出す。
 月森は、追いかけてこなかった。ただ、遠くなった教室から、恐らく机と椅子がぶつかるような、激しい音が聞こえた。



「ねえさん」
「ごめんね、邪魔しちゃって」
「や、別にいいっすけど……」

 行き場所を失って、は結局日暮里の元を訪れていた。
 こんな時間に、家に帰ることができるはずがない。帰っても、居場所はない。
 今まで自分の支えだったはずの水沢にも、話せなかった。

「なかなか終わらないね」
「ねえさんが手伝ってくれてんのに、減らないっすねえ」

 日暮里は、あえて何も聞かないことにしたようだった。がふらりと現れたときは流石に驚いて、問い詰めたいと顔に書いてあったが、今はそれもない。ただ黙々と、作業を続けている。

「私……日暮里くんちの子供に生まれたかったな」
「そうっすか?」
「うん。だって、毎日楽しそう。日暮里くんみたいな子が育つ家だし」

 日暮里が照れたように笑う。きっと、どれだけ生活が苦しくとも、彼にとってあの家族はかけがえのない居場所で、誇りでもあるのだろう。
 ポケットティッシュに広告を差し込みながら、はため息を落とした。

「日暮里くんのお嫁さんになりたい……」
「へ!?」

 何となくこぼした言葉に、日暮里が過剰反応を示した。
 また深く考えずに適当なことを言ってしまった。いや、確かにそう思ってはいるのだが、軽々しく口に出していいことではない。

「あ、ごめん、違う違う。日暮里くんみたいな人が理想ってだけで、別に日暮里くんのことが好きなわけじゃないから」
「ぅおっとー? 何で俺ふられてんだー?」

 日暮里は瞬きの数を増やしながら、軽い口調でおどけた。

「ま、ねえさんには、亮介さんがいますもんね!」
「うーん、まあ、そうなんだけど……」
「? まさか、亮介さんと喧嘩したんすか?」

 似たようなものだ。
 月森はきっと、怒っている。何も話さずに、あんな態度をとって逃げ出してきてしまったのだ。自分でも恐らく怒る。というより、彼が隠し事をして追い詰められたとき、誰より怒っていたのは自分だ。それなのに、自分も同じ事をしているのだから。

「月森、たぶん怒ってるし。私、全然可愛くないし。素直じゃないし。愛想つかされるのも、時間の問題かも」

 日暮里が目を丸くしたまま、動きを止めた。
 一方のは、ひたすら作業を続けていた。きっと自分の目は死んでいるだろう、と思った。

「んなことないっすよ。亮介さん、マジでねえさんのこと、好きだし。っていうか、好きすぎて、話聞かされる俺らも正直めんどい……あっ、やべ、言っちった」
「……いや、気持ちはわかるから、いいと思う。でもさ、それだけ私のこと好きでいてくれる人に、私は何も話せなくて、素直になれなくて、正直、きっつい」
「あー……まあ、わかります」

 今、二人は似たもの同士だ。
 二人してうなだれて、作業の手を止める。

「でも、ねえさん、やっぱ亮介さんのこと、すっげえ好きなんすね」
「……んー」
「昨日も、亮介さんいないのに、亮介さんに助けてって言ってましたしね!」
「それは忘れよう。あとでジュースおごってあげるから」

 無理して笑うと、日暮里もまた、引きつった笑いを浮かべた。お互い、無理にでも笑わないと、きっと寂しさでつぶれてしまうから。
 今は、似たもの同士で傷を舐めあいながら、耐えるしかないだろう。
 日暮里の力ない笑顔を見ながら、はそう思った。




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