奇跡的に間に合った。準備に向かった部員たちを見送って、は乱れた息を整えた。
「……先生」
「あ、はい、さん、大丈夫ですか?」
「は、はい、大丈夫です……全力で自転車こいだらきつくて、うはあ」
日暮里の自転車を借りて、突っ走る彼らについてきたのだ。自転車とはいえ、坂道もあって、かなりの体力を使った。徹夜明けでのこの運動は、さすがにつらい。
「ところで、さんはどうして」
「いや、いろいろとありまして……あと、私、新体操部に入りたいんですけど」
「それだったら、僕じゃなくて祥子先生に言ったほうが」
「や、新体操をやりたいんじゃなくて、あいつらを応援したいんですけど」
私は体が硬いので、新体操をするのは無理です。
はそう言って、会場を見上げた。
「ということは、つまり」
「まあ、忙しい先生のお手伝いができればなあと思ってるんですけど」
「すごく助かりますよ! もう僕だけじゃどうしていいのかわからないことばっかりで」
「私も新体操のことは全然知らないんですけどね」
やりたいことを素直に口に出せるというのが、清清しい気持ちにさせていた。
きっと家族には反対されるだろう。だが、譲れないものができてしまったから、仕方がない。夢のために戦う彼らを見ていたら、自分まで感化されてしまった。
「あ、そろそろですね。行きましょうか」
「はい!」
観客席で、ちょうど演技を終えて戻ってきた女子部と会った。
昨日、朝から教室で月森と深刻な雰囲気で言い合っていたのを知っている茉莉たちは、を見て表情を動かした。どうしようか迷って、とりあえずピースサインを見せてみると、茉莉以外の三人が、
「それ、月森っぽい」
と言って席に着いた。
「……がーん」
「ちゃん、怪我、大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「月森くんとは、仲直りした?」
思わずまたピースサインを作ろうとしただったが、慌てて手を引っ込めて、頷く。
一晩中部員たちと一緒だったため、月森と特別に言葉を交わしたわけではないが。それでも、きっと昨日よりも距離が縮まった。
「したよ。あとね、私、男子部の手伝いを正式にすることになったから」
「え、そうなの? マネージャー?」
「うーん……というよりも、管理人? あいつら、放っておくと、悠太くんたちに迷惑ばっかかけるから」
茉莉は楽しそうに笑うと、頑張って、と言って席に着いた。
柏木の隣に座る。の反対側には、女子部顧問の江崎が座っていた。彼女はちらりとを見ると、微笑んだように見えた。
彼女には、去年までずいぶんと世話になっていた。2年連続で彼女のクラスで過ごし、おかげでずいぶんと迷惑をかけた。無理をしすぎる傾向にある、といつも叱られていた。
それまで静かだった会場内に、アナウンスが流れた。
ついに、男子部の出番だ。
ネックは、日暮里だ。彼は、最初の数日間だけしか、練習に参加していない。演技構成が頭に入っているのかも、怪しいところだ。
だが、彼が出たいと言ったのだ。止める必要はない。むしろ、失敗してもいいから、演技を楽しんで欲しい。ようやく仲間たちと繋がれたのだから。
息は合っていた。まだまだ荒削りの演技だが、それを補って余りあるチームワーク。
初めて彼らの演技を見たときに覚えた不安のようなものは、なかった。本当の意味で繋がったのだろう。
悠太と水沢が角へ行き、他の部員たちが一旦舞台上から消える――はずだったのだが、何故か中央に残っているのは、日暮里だった。
「……え?」
「やっぱ、あれおかしいですよね」
演技構成を知っているらしい柏木が、腰を浮かせた。あの場面で、日暮里だけが真ん中に残るわけがない。
間違えたのか。そう思った。
だが、次の瞬間。
僅かにざわめき始めていた会場が、再び静まり返った。
「……日暮里くん」
見事な鹿倒立。
会場中が、目を奪われた。
思わず笑みがこぼれて、は口元に手をやる。今やらなくてもいいでしょ、と呟いて、舞台上に駆けて来る部員たちを見つめた。もう演技のことなど忘れているに違いない、次々と日暮里に飛びついて、彼らは大騒ぎしている。
彼らが、ああやって笑うから。
どんな困難にぶつかっても、仲間と手を繋いで乗り越えて、そして笑うから。いつの間にか自分まで、魅了されていた。
観に来た雛子たちに向けて、こぶしを上に突き上げた日暮里を見ながら、は安堵の息を漏らした。日暮里はきっと、今本当の意味で救われたのだ。
「ばっかじゃないの?」
「まあまあ、そんな怒るなって。ほら、参加賞のボールペンやるから」
「いらねえよ」
ふれあい祭りというロゴの入ったボールペンを月森に突っ返す。
部員たちは、満面の笑みを浮かべていた。当然、優勝できるはずもなく、目当ての賞金も手に入らなかったわけだが、きっと今清清しい気持ちでいっぱいなのだろう。
「ねえさん、すみません!」
「いや、日暮里くんは悪くないよ。喜ぶなら、全部終わってから喜べばよかったのに」
「お前、夢のない奴だな! あのときの俺らの喜びがわかんねえのかよ!」
「わかってるよ! でもとりあえず怒っとかなきゃ、他に怒る人がいないんだから!」
確かに、と金子が呟いた。気持ちはわかる。痛いほどわかる。だが、どんな理由であれ、演技を途中放棄したことには変わりない。あの後柏木が、関係者にどれだけ叱られたか。
「、あんまり怒るなよ」
「拓まで」
「もう良いだろ。無理しないで良いから」
流石水沢だ。
本当はが日暮里を褒めたくてうずうずしていること、笑ってしまいたいと思っていることに、気づいているのだ。
しばらく、水沢と見詰め合う。
確かに、意地を張っても無駄かもしれない。この気持ちを誤魔化すことなどできないのだから。
は大げさにため息を落とした後、口元を吊り上げた。
「日暮里くん、よくやった!」
「は、はい!」
「皆も、お疲れ様。今日は寝てないんだから、ゆっくり休んだほうが良いよ」
久しぶりに、心から笑ったような気がした。
仲間が与えてくれた高揚感に浸りながら、は声を上げて笑った。
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