「んち、どっち?」
「こっち。亮介は?」
「俺、あっち」
分かれ道を前にして、二人は立ち止まった。顔を見合わせて、図りあう。
「送ってく」
「え、良いよ。まだ昼間だし」
「や、お前、昨日帰ってねえんだろ? あと、ほら、部活も始めるって決めたし。水沢みたいに頼りにはならねえかもだけど、せめて家の前までついてくわ」
そうは言っても、もう家はかなり近い。しばらく月森の顔を見つめた後、は頷いた。
彼の言うとおり、やはり怖かった。
昨日、家に帰らなかったこともそうだし、何より、部活を始めると言ったら、両親は、サツキはどんな顔をするだろう。
「……ごめんね、黙ってて」
「や、聞いてみたら、予想以上に重かったっつーか……俺にはお前の気持ちとか、わからねえんだろうなって思った」
「ううん。何か、話したらスッキリした。今まで誰にも話したことなかったし」
何を今まで悩んでいたのだろう、と不思議に思えるほど、スッキリしていた。
いや、今まで誰にも話せなかったのは、信頼できる仲間がいなかったからだ。彼らのように、まっすぐ自分と向き合ってくれる友人は、初めてだ。
「あのさ、」
「ん?」
突然月森が立ち止まった。
「俺が、守るからな」
言葉が出てこなかった。瞬きを繰り返して、月森を見つめる。
「いや、俺も自分が何言ってんのか、わかんねえけど。でも、こういう気持ちになったの、初めてで、何つーか、その、あー……」
「良いよ、無理しなくて。何となく伝わるから」
「マジで? お前すげーな」
何となく、だから、自分も言葉にはできないのだが。
ただ、月森が自分のことを考えてくれているというのは、伝わってくる。
「ああ、そうだ。わかった」
「ん?」
「一緒に頑張ろうな」
にこり、と月森が笑う。
何故だろう。今の言葉が、一番嬉しいような気がした。じわりと胸の中に何かが広がって、弾けた。
「――うん」
応える声は掠れていて、きっと涙も滲んでいた。
「何か、今の言葉だけで、頑張れる気がする」
「俺は、がいるなら負ける気はしないんですけど」
「何それ。馬鹿」
「照れてる? かーわいい」
じゃれついてくる月森の手を押しのけて、もう見えてきた家へ歩幅を広める。
顔は熱いし、心臓も高鳴っている。それを悟られないよう、俯く。隣を歩いていた月森は、きっと楽しそうに笑っているから、余計に恥ずかしくなった。
だが、ある瞬間、月森が再び足を止めた。
「なあ、」
「何? もう家、そこなんだけど」
「お前の弟って、あれ?」
反射的に顔を上げる。10mほど先、自宅の前に立つのは、紛れもなくサツキだった。睨むようにしてこちらを見ている。
「……なるほど」
それまでは半信半疑だったのだろう。月森は恐らく、今理解した。の言う、弟に嫌われているという言葉は、紛れもない真実だったのだ、と。
「家出の次は男と朝帰りかよ」
「正確にはもう昼だけどなー」
温かみなどないサツキの声音と、おどけたような月森の言葉。
は二つの間で板ばさみになって、唇を噛み締めた。
サツキは完全に月森を無視することにしたらしい。全く反応を示さず、と相対した。
「どこ行ってたんだよ」
「……ふれあい祭り」
「は? 馬鹿じゃねえの、そんなもん行ってどうすんだよ、こんなときに」
「おいおいおい、ちょっと待て。そんなもんって何だ、あ? こら」
「ちょっと、亮介」
弟にまで喧嘩を売るのはやめてほしい。それに、ここは姉である自分が立ち向かうべきだ。
月森の腕を引っ張って、サツキに向かおうとするのを止める。かわりに、が前に出た。
「サツキ、私、新体操部に入ることにしたから」
彼らのことを、誰よりも近い場所で応援したい。演技はできないが、それでもきっと繋がれる。彼らの夢は、自分の夢だ。
「あんたが邪魔しようと、私の気持ちは変わらないから。やっと、やりたいこと見つけたの」
「やりたいこと?」
「あいつらの夢は、私の夢だから。一番近くで、応援したい」
「……意味わかんねえ。そんなもんに何の意味があるわけ? 誰かに褒められるわけでもないし、むしろあんた、部活なんかやったら、父さんに何言われるか」
また踏み出そうとした月森を制して、は笑う。
「私には、仲間がいる。それだけで十分でしょ」
ここで夢を追わなければ、きっと後悔する。
今まで、ただ誰かに褒められたいために、両親に認めて欲しいがために、自分を押し殺して生きてきた。そのうち息苦しくなって、状況はどんどん悪いほうに向かって。
それを打開してくれたのは、月森と、水沢と、新体操部の仲間たちだ。
彼らから、いろいろなものを学んだ。夢を持つ人間がどれだけ輝いているのか、仲間がいることがどれほど幸せなことなのか。
「マジで言ってんの? 大学受験失敗したら、今度こそ居場所なくなるぞ」
「私は、お父さんの期待を裏切るとは言ってないよ。ただ部活を始めるって言っただけ」
「……はあ?」
「どっちもやり遂げる。それなら誰も文句言わないでしょ」
サツキが片眉を吊り上げた。忌々しい、と顔に書いてある。
「私には、それだけの力がある。それを一番知ってるのは、あんたでしょ、サツキ」
「……勝手にしろよ。んなこと言って、失敗したときの顔が見ものだな」
久々だ、これほど自信に満ち溢れた物言いをしたのは。
自分を信じてくれる仲間がいる。それだけで、自分の中に押し込めていた自信が、再びあふれ出してくるような気がした。
ぽかんとした月森を見上げて、笑う。
彼は、
「さっすが」
と、それだけを言って、の頭を叩いた。
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