「あ、拓、おはよう!」
「おはよう。ちゃんと起きたな」
「危うく二度寝するとこだったけどねー」

 初めての朝練に、きちんと起きることができるかが心配だったが、三度目の目覚ましでやっと起きた。準備を済ませて家を飛び出すと、ちょうど家の前で水沢に会った。

「もしかして、待っててくれた?」
「うん、まあ。ほら、いろいろ心配だしな」

 家を見上げて、水沢は目を細めた。

「大丈夫だってば。言ったでしょ? お父さんも、勝手にしろって言ってたし。私は、どっちもやり遂げるよ」
「あんまり無理すんなよ」

 どちらでも結果を出せばいい。それだけの話だ。
 口で言う分には簡単だが、実際は並みの努力では無理な話だ。勉強と部活の両立を立派にやり遂げられてこそ、自分の考えを主張する権利を得るのだ、とは思うが。

「あ、でもね、月森がさ、一緒に頑張ろうって言ってくれたんだよね。私、それが嬉しくて」
「うん」
「ほら、あいつって基本的に不真面目だし、何考えてんのかわかんないところがあるけど。でも、頑張ろうって。やっと本気になってくれたのかなって」
、それ……」

 首を傾げて水沢を見る。彼は笑いを含んだ声で、言った。

「のろけ?」
「なっ、ち、違うよ! そういうんじゃなくて!」
「いや、でもなあ。のろけだろ、やっぱり」
「ちーがーう!!」

 朝の住宅街に、二人の賑やかな声が響き渡った。顔を真っ赤にして水沢の背中を叩いていたは、ふと前方に現れた人影に気づいて、叩くのをやめた。

「あ、木山くんだ! 木山くーん!」

 フラフラと歩いていた木山が、振り返る。
 最初は怖かった彼も、関わるにつれ、言葉を交わしてくれるようになった。

「早いね。何やってるの?」
「目が覚めた」
「そうなんだ」

 木山に駆け寄って話しかけると、彼は相変わらずの仏頂面ではあったが、やはり答えてくれた。
 置き去りにしてしまった水沢を振り返る。
 朝の澄んだ空気の中、水沢のその表情は、やけにハッキリと見えた。

「……拓?」

 その表情に、何故か胸がわしづかみにされたかのような、鈍い痛みが走る。彼は、に名前を呼ばれたことで我に返ったらしいが、動揺は隠しきれていなかった。
 木山もまた振り返り、水沢を見る。やはり、水沢は動揺して、その場で軽く足踏みをした後、歩幅を広めた。

「悪い、、ちょっと先に行く」
「え?」
「用事思い出したんだ。遅刻するなよ」

 追い抜いていく水沢が、頑なに木山から目を背けているように思えて、はひどく居心地の悪さを感じた。今まで、彼があんな態度を取ったことはなかったと思う。

「どうしたんだろ」
「……」

 木山は無言で水沢を見送った後、僅かに首を傾げて、歩き始めた。

「あ、木山くん。私ね、新体操部に入ったんだ」
「良かったな」
「うん。これからすごく忙しくなると思うけど、高校生活も最後だし、どうせなら何かに夢中になって過ごしたいと思って。拓もいるしね」

 そこでは、自分と水沢の関係を木山が知らないのではないかということに思い至った。拓は幼馴染なんだけど、と付け加えると、木山はただ一言だけ、そうか、と言った。

「……
「え、何?」

 木山が静かにを呼んで、一歩横に逸れた。
 その瞬間、背後からかかった圧力によって、は前につんのめった。

「おーはよ!」
「重い……!」

 月森だ。
 木山は彼の接近を感じ取って、位置をずらしたのだろう。その前に忠告して欲しかった、と恨めしく思いながら、は月森を押しのける。
 朝っぱらから、更に公道で、抱きつかないで欲しい。

「離れてよ……! 木山くんがひいてるでしょ!」
「え? 木山? 見えなかった」
「嘘つくな!」

 月森が顔をあげて、木山に手を振る。それはどちらかというと、挨拶というよりも、先に行けという追い払う仕草にも見えた。
 ただ、木山は恐らく、月森が追い払わずとも先に行くつもりだったのだろう。一瞬だけに対して哀れむような視線をやった後、歩いていってしまった。

「やっぱ防犯ブザー買おう」
「大丈夫だって、俺が守ってやるから」
「じゃあ今すぐ離れてくれる?」

 さっきから一歩も動けていない。月森に肘鉄を打ち込んで、ようやくは一歩踏み出した。

「ただのスキンシップだろ」
「激しすぎると思わない?」
「いや、全然」

 朝から抱きついてくるくせに、手を繋ごうなどとは言わないのだな、と思いながら、ため息を落とす。
 俺としてはお前の照れ隠しのほうが激しいと思うけど、と月森は肘を打ち込まれた腹を押さえながら、低い声で言った。

「なあ、
「何」
「お前さ……お前……いや、やっぱ何でもねえわ」
「いや、気になるよ!」

 何かを言いかけて止めた月森を振り返る。
 大またで近寄ってきて隣に並んだ彼は、前方を行く木山の背中を見ながら、ため息混じりに言葉を吐き出した。

「木山と、仲良いよな」
「はあ? そりゃそうでしょ。隣の席だし。赤羽くんと仲良しよりは、想定の範囲内だと思うけど」
「そりゃ、確かにそうだけど! 何かお前、木山と一緒にいること多いし、俺には冷たいくせに」
「何、やきもち?」
「そうですけど」

 開き直ったかのような表情で、彼は頷いた。憮然としたその表情に、思わず見入る。

「木山くんは、友達だよ」
「いや、知ってるけど!」
「亮介には、恋してるんだけど、それでも納得できない?」

 手をじたばたとさせていた月森は、の言葉をきっかけにそれをやめた。首を傾げて顔を見上げる。

「……納得、する」
「ほんと? 良かった」
「お前、ほんと……! ああ、もう! 好き!」
「ちょ、声が大きい!」

 通りすがりの女子高生が、大声に反応して振り返った。月森は彼女に誤魔化すような笑みを見せ、その後にも笑顔を向けた。
 うまく言えないが、やはり自分に向ける笑顔は、他の女の子に見せる笑顔とは違うな、とは思う。だから、その笑顔がある限り、自分は彼に恋し続けるのだ、とも。
 浮かれたように歩いていく月森を追いかけながら、は多少諦め混じりに、笑った。





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