、こっちこっち」
「え、何? ちょっと……」

 授業が終わるとほぼ同時に、女子部の4人に腕を引かれて連行された。今から部活だというのに、彼女らはどこへ行くのだろうと思えば、連れてこられたのは、女子部の部室だった。

「祥子先生が、ちゃんもこの部室使って良いって」
「え!? それは申し訳ないよ……」
「良いの良いの! 皆納得してるし!」

 初めて入る女子部の部室は、用具倉庫の男子部部室よりも、ずいぶんと綺麗で、整っていた。中にいたほかの女子部員が、を見て笑う。

「っていうか、があいつらをちゃんと管理してくれないと、困るのよね」
「そうそう。すぐ騒ぐし、不真面目だし」
「しっかり管理頼むわよ」
「その代わり、ここ使っていいから」

 空いていたロッカーに荷物を押し込まれた。
 確かに、着替える場所に困っていたから、彼女らの好意はありがたかった。ただ、やはり居心地が悪い。
 既に身支度を始めている彼女らをちらりと見て、もまたジャージを取り出した。

「でもさー、が男子部のマネージャーやるなんて、予想してなかったよね」
「水沢と仲が良いのは知ってたけど。やっぱ水沢のため?」
「や、うーん……まあ、それもあるかな」

 そもそも最初は、水沢を応援したいという理由で新体操部に関わるようになったのだった。今更それを思い出した。今年度に入って、ずっといろいろなトラブルに巻き込まれていたから、すっかり忘れていた。

「何言ってんの、月森のためなんでしょ?」
「えっ!? 違うよ! 何で私があんな馬鹿のために、マネージャーとかやらなきゃいけないの! 新体操部のため! 私は頑張ってるあいつらが好きだから……」
「でも、付き合ってるんでしょ?」
「え……まあ、うん……」

 何故か恥ずかしさを覚えて、はTシャツに頭を突っ込んだまま頷いた。彼女らの笑い声が消えた頃、頭を出して袖に腕を通す。

「まあ、そっちはそっちで意外よね。って、ああいう男、嫌いそう」
「うん、嫌いだよ」
「じゃあ何で付き合ってんの?」
「うーん……成り行きというか、ほだされたというか、仕方ないっていうか」

 あれだけ熱烈にアピールされたら、興味を持たざるを得ないというか。
 それに、彼は彼で良いところを持っているし、一緒にいて楽しい。

「まあ……良い奴、だし」
「ほんとにー? あいつ、女の子だったら誰でも良さそうじゃん」
「ねー。私らは相手にしてないけど、茉莉なんか優しいから、聞かれるままにアドレスとか教えちゃってるし」
「えっ、だって、月森くんが……あっ、ちゃん、私そんなつもりじゃないの」
「や、わかってるよ。あいつのあれは病気だから」

 今更嫉妬をする気にもなれない。制服をハンガーにかけながら、は呆れたようにそう言った。

「付き合ってどれくらい?」
「2週間くらい」
「浮気は?」
「してるよ、常に。他に8人も彼女がいる奴だし」

 サラリと言ったが、彼女らはそれを聞き逃さなかった。ひどい、とか、最低、とか、とにかく口々に月森を罵って、最終的に、やっぱり別れたほうがいいよ、とまで言われた。

入れて9人でしょ? 信じらんない」
「遊ばれてるんじゃないよね? 大丈夫?」
「何かされそうになったら、逃げなさいよ?」

 心配されているのをわかっていても、は笑いがこみ上げてくるのを止められなかった。この言われよう、本人が聞いたらどんな顔をするのだろうか。
 きっと、

「俺は皆平等に好きだし」

などと嘯いて、うまく逃げるに違いない。そして、殺し文句は、もちろんが一番だ、という台詞だろう。その言葉を疑ってはいないが、8人と並行して付き合っている男の言葉に、どれだけの信憑性があるのか。

「二人きりになっちゃ駄目」
「ちゃんと水沢に送ってもらうのよ」
「家に行っちゃ駄目だからね」
「防犯ブザー買った?」

 いつの間にか女子部全員に心配されていた。
 この月森の信頼のなさといったら。自業自得だとは思うが、流石に少し可哀相だ。

「いや、あいつ、あれで意外と何もしないから……」
「え、そうなの?」
「うん。挨拶代わりに抱きついたりはするけど。でも、それ以外で触られたこと、あんまりないかも」

 何度か夜道で二人きりになったこともあるが、本当に何もされていない。警戒するだけ無駄だったか、と月森を疑ったことを申し訳なく思ったほどだ。
 ただ、あの男が何もしないというのは、逆に不安要素になるのだが。
 ぽかんとしてしまった女子部の部員たちを見ながら、は結局不安に耐え切れず口を開いた。

「ねえ……私って、そんなに魅力ないかな……?」

 他の彼女を見てしまうとコンプレックスに苛まされそうだという理由で、今まで追及したことはなかったのだが、恐らく他の彼女たちは皆魅力的なのだろう。年齢問わずに受け入れてしまう月森のことだから、たとえ自分がいなくとも、きっと女性関係には困らない。

「他の女の子がいれば、やっぱり困らないんじゃないかな……」
「そ、そんなことないよ! ねえ?」
「そうだよ、困るよ! がいなかったら、月森は困るって!」
「うん、月森くん、ちゃんのこと、大好きだよ!」

 不安を表に出してしまったを見て、彼女らは大いに焦ったようで。必死にフォローしてくれた。さっきまで反対していたというのに。

「何かされても困るけど、されないと不安になるのよねー」
「わかるわかる。私もそうだったもん」
「しかも、の場合は月森でしょ? あからさまに手が早そうなのにね」
「ぶっちゃけて言うと、まだ何もされてないってのが、予想外だったよね」

 部室を出ながら、彼女らは声を揃えて笑った。
 笑い事じゃないんだけど、と呟いて、それに続く。

「あ、噂をすれば」

 体育館への階段を上っていく男子部の部員たちがいた。

「あっ、あの、ありがとね!」
「言ったでしょ、ちゃんと管理してくれたらそれでいいの」
「ついでに監視もね」

 女子部の部員たちに手を振って、慌てて後を追いかける。最後尾を歩いていた水沢に声をかけると、彼は振り返って、どこに行ってたんだ、と尋ねた。

「葵ちゃんたちが、女子部の部室で着替えていいって言ってくれたから、一緒に行ってた」
「へえ、良かったな」
「あ、そうだ、!」
「え、何―?」

 後ろから、葵に名前を呼ばれたので、立ち止まる。

「わかんないことがあったら、何でも聞いてね!」
「あ、ありがと!」
「あと、頑張ってね、いろんな意味で!」
「ちょっ……変なこと言わないでよね!」

 一番前で、日暮里と一緒に金子をいじめていた月森が、の大声に気づいて振り返った。
 目が合う。
 さっきの葵たちの会話を思い出したは、途端に恥ずかしくなって、サッと目を逸らした。首を傾げている月森を見ないようにして、もう一度葵たちに手を振る。
 そんなを見ながら、水沢は笑いながら言った。

「仲良くなれて、良かったな」
「うん、ほんとに」

 これもある意味月森のおかげなのかもしれない。
 のそんな思いに気づかずに、月森はまた日暮里とじゃれあっていた。




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