「しっかし、赤羽はどうして私を目の敵にするのかねえ」
「んー、俺のせいでしょ」
「あー、そっかそっか。そうだね」
ただ単に、月森に対して嫌がらせをしたいだけなのだ。そうして彼が行き着いた嫌がらせの方法というのが、月森が何より大切にしている人をいじめてやろうという、そんな単純な理由。きっとそうだ。航が大切にしている新体操部を邪魔してやろうというのと、大して変わらない思考回路に違いない。
「お前らさあ……」
「もうちょっと人の目を気にしてください」
珍しく、航と金子の意見が合致したようだ。
二人の呆れたような声につられて顔を上げると、全員が目を背けて困ったような表情を見せていた。
「良いじゃん、別に。たまにはさあ、俺らも仲良くしてないと、他の女の子たちがね」
「勘違いして月森を奪おうとするんだもん」
「いや、ここにはそういう女の子はいないから」
ただいま、練習後のカモメ。
の髪の毛がはねていることに気づいた月森が、その髪の毛を触り始めたことから、この気まずい空間は出来上がった。普段なら、がすぐに月森を押しのけるところだが、今日に限って彼女は何も言わなかったし、嫌な顔一つせず、それを受け入れていた。
「それより、県大会の話だろ、悠太」
「あ、ああ」
可哀想に、何が楽しくて幼馴染が彼氏とベタベタしているところを見せられなければならないのか。水沢が二人に冷たい視線を向けた後、悠太に話を振った。
今の目標は、県大会を突破して関東大会に出場することだ。
団体戦に出ることが夢だったあの頃とは、ずいぶんと状況が変わった。
仲間が増えて、目標も出来て、大変なこともいろいろあったが、それを乗り越えて。今ではすっかり良い仲間だ。
彼らがいたから、今の自分はいる。こうやって笑い合って、夢を語る自分に、時々不安にもなったけれど、それ以上に楽しかった。県大会の話をしている彼らを見つめながら、は無意識に口元を緩めていた。
だが、その話の方向は、いつの間にか木山のことに向かっていて。
金子が言っている噂のことは、も知っていた。そんなはずはないと思っていても、ただ噂に興じているだけの生徒たちには、木山の気持ちを慮ることなど出来なくなっているようだった。その結果、噂だけが一人歩きして、木山が殺人犯だということは、生徒たちの中で、信憑性を持って語られていた。
「木山さんはそんなことする人じゃありません!」
突然、土屋が立ち上がった。
きっと何を言っても無駄だと思っていたは、土屋はそう思っていなかったことを知り、素直に驚いた。木山と土屋がそれほど親密だったかは知らないが、少なくとも土屋は、口に出して木山を庇おうとしている。何も言わずに沈静化することを待っている自分とは違うな、と土屋に感心したのだ。
「航、木山に何があったのか、教えてくれないか」
「お前まで木山のこと、疑ってんのかよ」
「そうじゃない。もし出来ることがあるなら、力になりたいんだ」
悠太もまた、そうだったようだ。
「皆から白い目で見られるつらさ、俺にだって少しはわかる。男の新体操なんて、きもいとかださいとか言われて、ずっと馬鹿にされてきた……。それでもやってこれたのは、仲間がいたからなんだ!」
自分にも、気持ちは痛いほどわかる。
見に覚えのない噂を流されて、顔も知らない人間に中傷されて。自分はまだ良い。信じてくれる仲間も友人もいるから。
「……けど、木山はいつも一人だろ」
立ち尽くしていた航が、逡巡の後、ふらりと座った。
「木山が中学んとき、いつもつるんでる奴がいたんだ」
そうして、昔話は唐突に始まった。
それは、つらい話だった。普通に生きてきた自分たちには、何も出来ないのではないかと思うほどに。
「隆が死んだのは、自分のせいだって、ずっと自分を責め続けてる。それから、他のダチとも距離を置くようになって……」
そうか。
木山は恐らく、怯えている。ああして一人でいることを好むのは、きっと誰かと関わるのが怖いからだ。またあのときのように失ってしまったら、自分の行動が誰かを傷つけてしまったら。そう思うと、足が動かなくなる。
まるでかつての自分に通じるものを見つけたかのように、の鼓動は高まった。
「……怖いのかもしれないわね」
心のうちを見透かされたのかと思った。
顔を上げれば、奈都子が小さな声で、呟いた。
「人と関わるのが」
目を伏せたままの航が、苦しみの滲む声で、言う。
「けど……俺はあいつに何してやっていいのか、わかんねえんだよ」
「……私、木山くんの気持ち、ちょっとだけわかる気がする」
あくまでも、ちょっとだけ、だ。
流石に木山の過去の衝撃に、軽口を叩く余裕もなくなっていたらしい月森が、無言でを見下ろした。
「……わかる?」
「うーん……そりゃ、はっきりとは読み取れないけど。ほら、大切な人が、自分のせいで、と思うとやっぱね……」
自分の状況とは、全く違う。だが、それでも木山の気持ちが少しだけわかるような気がしたのだ。それは恐らく、皆同じ。
そして、彼に対してどう向き合えばいいのかわからないのも。
「サツキがさあ、私のこと嫌ってるってわかったときは、ショックだったな。それまで仲良しだったから、余計に」
「ああ、なるほどな」
「うん。それからさ、これ以上嫌われるのが怖くて、サツキと関わることが少なくなってさ」
もう取り戻せない過去を見ると、悲しくなって、寂しくなって、逃げ出したくなる。そして、結局蓋をした。
ただ違うのは、自分はまだ、取り戻す余地があるということだ。
思い出す。
「あんたみたいな奴らは、頑張るとか言ってるほうが、似合ってんだろ」
以前、木山にそう言われたことがある。
もしかすると木山は、自分はもう頑張りようがない、という意味で言ったのかもしれない。取り戻すことの出来ないものを思って発せられた、苦々しい言葉だったのかもしれない。
そう思うと、やりきれなくなった。
「何か、お前らが仲良いっての、わかった気がするわ」
「うーん、そうだね。でもさ、私には亮介たちがいるでしょ? でも、木山くんには、やっぱ悠太くんが言ってたけど、力になってくれる人がいないから」
「どうすりゃ良いんだろうな。力になってやりたいけど、あいつの性格上、そうそう簡単に受け入れてくれねえだろ」
無言で頷く。木山のことだ、何を聞いても答えないだろうし、恐らく殺人犯の汚名も、甘んじて受け入れるつもりなのだろう。話を聞いた限りでは、確かにきっかけは木山にあったかもしれない。だが、河野隆を殺したのは、木山ではない。
自分たちが救われたように、木山にもまた、誰かからの救いの手が差し伸べられると良い。願わくは、彼が笑う日が来るように。
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