土屋がマネージャーになった。
 それは大変喜ばしいことではあるのだが、は妙に複雑な気分でその知らせを聞いた。歓迎しないはずがない。誰よりも新体操を愛していた土屋だ。彼が、これから先二度と新体操に関われなくなるというのは、考えるだけでも悲しかったし、何とかして彼が新体操を続けられないかとひたすら考えたほどだ。
 だから、マネージャーとしてでも良い、これからも新体操に関わることができると言うのを聞いたときは、嬉しかった。
 思わず土屋を抱きしめたほどだ。もちろん、すぐに水沢と月森によって引き離されたわけだが。

「ああああ……何だこの気持ちは!!」

 部員たちが着替えている間に、体育館へ向かっていたは、誰もいなくなったときを見計らって声を上げて、頭をかきむしった。
 土屋がマネージャーになったことが、純粋に嬉しいはずなのに、どうしてか胸が詰まる。
 理由は、わかる。
 土屋は、新体操に詳しい。よく気がつく。チームのマスコット的存在でもあって、誰からも愛される。
 だから、不安になったのだ。一応、ついさっき決めたばかりだ。土屋は練習に携わるマネージャーで、は基本的に柏木の補佐をする、と。土屋と話し合うことで、自分の仕事の幅も広がるだろうと思う。だから、居場所はなくなっていないはずだった。
 だが、怖くなる。もしも、自分がいなくても大丈夫だと思われていたら、どうしようと。

「……いや、頑張れ私! 頑張れ私!」

 一人で騒いでいると、背後に人が立った気配を感じた。
 今の一連の独り言を聞かれていたとすると、かなり恥ずかしい。恐る恐る振り返ると、そこに立っていたのは木山だった。
 いろいろな意味で気まずかった。


「あ、はい」

 木山は、の独り言を綺麗にスルーして、話しかけてきた。

「……悪かった」

 それまで激しく動いていた心臓が、また一段と大きく飛び跳ねた。
 その言葉を受け入れるまで、ずいぶんと長い時間がかかったように思えた。少しずつ、鼓動が落ち着いていく。

「――今、何て」
「悪かった」

 はっきりと、木山はそう言って頭を下げた。

「えっ、ちょっと……! 何で木山くんが謝るの!? 木山くんは被害者なのに!」
「お前が赤羽に嫌がらせされてるのを知ってて、お前を傷つけるようなこと言っちまった。本当に、悪かった」

 慌てて木山の肩を掴んで、顔を上げさせる。頑なに謝ろうとしていた木山は、戸惑ったような表情を見せた後、目を泳がせた。

「木山くんは悪くないよ。私こそ、木山くんの気持ちとか全然考えなくて、付きまとってごめんね」

 自分も以前、ひたすら自分の思いを隠していたことがあったのに。
 その気持ちを忘れて、木山に付きまとってしまった。

「……お互い様ってことか」
「うん、そうだね!」

 木山が微かに笑ったのを見て、は嬉しくなった。何があったのか知らないが、木山の印象はずいぶん変わっていた。相変わらず言葉数は少ないが、以前よりも表情が明るくなっているような気がする。
 きっと、航のお陰だろうな。
 根拠はないが、何故か確信していた。航はいつでも、友達のために一生懸命、まっすぐにぶつかってくれるから、つい心を開いてしまうのだ。きっと木山も、そうだったのだろう。

「木山さん!」

 止まらなくなった笑いを止めたのは、土屋の明るい声だった。
 木山と一緒に振り返れば、そこには体育館へ向かう途中の部員たちが全員いた。土屋が駆け寄ってくる。

「僕、新体操部のマネージャーをやらせてもらえることになりました!」

 その言葉で、さっきまでの胸のつかえを思い出した。
 やはり、嬉しいことは嬉しいのだ。土屋の笑顔を見て、無意識に笑ってしまう。

「良かったな」
「はい! いろいろと、ありがとうございました!」

 土屋と木山がいつどこで仲良くなったのか、そういえば聞いていなかった。ただ、土屋はずいぶん木山に懐いているようだし、木山も土屋に対する表情をやわらかくしている。二人の気は、意外と合うのかもしれない。

「土屋くん、行きますよ」
も、行くぞ」

 金子と水沢に呼ばれて、と土屋は揃って木山と部員たちを見比べた。

「木山さん!」

 去ろうとする木山を、土屋が再び呼び止めた。

「あの……一緒に、やりませんか?」

 木山も戸惑ったようだし、もまた戸惑った。
 木山は確かに変わったようだが、仲間になってくれるのだろうか。一匹狼の性質は、消えていないようにも見える。

「一人でいるより、皆でいるほうが、楽しいと思います! きっと、絶対! 楽しいと思います!」

 木山が視線を下に落とす。迷っているのだろう。
 わかる。今まで黙って生きてきた人間にとって、新たな場所と言うのは、魅力的でもあり、恐るべき場所でもある。

「木山! マネージャー命令だ!」
「良いじゃん、喧嘩で鍛えた反射神経、案外役に立つかもよ?」

 部員たちが歩み寄ってくる。
 彼らはいつもこうやって歩み寄ってくれるから、つい惹かれてしまう。
 暖かい場所が、目の前にあるのだ。意地など、あっさりと溶けてしまう。
 木山が、微かに笑う。土屋がそれを見て、満面の笑みを浮かべた。

「私、木山くんともっと仲良くなりたいな!」

 今までのような、瀬踏みしあうような仲ではなく、もっと一緒に笑いあったり、助け合ったりしたい。
 心の底にある思いを伝えれば、木山はようやく頷いたように見えた。

「よっしゃー! じゃあ早速練習始めるぞ!」

 航が駆け寄ってきて、木山の荷物を奪い取った。こぶしが突き出される。
 航の笑顔は、本当に他人を惹きつける。木山がそのこぶしに自分のこぶしを突きつけたとき、自分たちは本当の意味での仲間になったのだと思った。





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