「だーもう! 上手くいかねえ!!」
「兄貴、もうちょっとっす!」
「何か今日暑いし。あー……やってらんね」
問題児三人組が、今日もまた好き勝手にやっている。
今ではすっかり慣れてしまったが、彼らをコントロールするには多大なエネルギーを必要とする。これでも以前よりかなり指示に従うようになったほうだ。
「構成の確認始めるぞ」
「ちょっと待った! あとちょっとなんだよ!」
「なあ悠太、その前にちょっと休憩しねえ?」
全く困った二人組だ。日暮里のほうはまだマシだ。彼は、航に従っているだけなので、航に言うことを聞かせれば何の文句も言わず練習してくれる。
ただ、航と亮介が問題だ。四苦八苦しながら二人を動かしている悠太だったが、そろそろ限界だった。
「さんがいたらなあ」
「水沢先輩、さんはまだ退院しないんですか?」
「いや、今日退院だろ? 明日には来るよ」
あの人がいれば、少なくとも亮介は言うことを聞いてくれる。そもそも亮介が集中力を欠いている最大の理由は、彼女がいないからだ。昨日はずいぶんとぼんやりとしていたから、心配で練習に身が入らないのかと思えば、今日は妙に高いテンションで練習に現れた。一体見舞いに行って何があったのか。今日はそわそわしてばかりで、練習に身が入っていない。
いや、亮介だけではないだろう。
航も日暮里も、体に染み付いているリズムが狂わされているに違いない。
いつもは、ある程度ふざけたりわがままを言ったりした時点で、彼女からのお叱りが入る。二人とも、彼女が止めてくれるからこそ、適度なふざけ方を保っていられるのだ。
だが、彼女がいないと、きっぱりと止めてくれる人がいないから。ブレーキが利かない状態になっているのかもしれない。
そして、自分たちも同じだ、と悠太は思う。
何となく、リズムが狂う。いつも彼女がいる場所を振り返っても誰もいない。水沢など、何度誰もいない場所を見つめていたことか。
きっと、他の誰が抜けても、同じ現象が起きる。
結局、悠太はリズムを立て直すために、一旦休憩を入れることにした。
「月森くん!」
体育館を出て行こうとしていた亮介に、突然茉莉が声をかけた。
彼女が亮介に声をかけるのは珍しい。いつも、意識的なのかと思うほど絶妙なタイミングで航に声をかけてくれる彼女だったが、亮介と話しているところをあまり見たことがなかった。いや、もちろん亮介のほうから頻繁に声をかけては、航に邪魔されているところならば、何度も見たことがあるけれど。
「茉莉ちゃん。どしたの?」
「ちゃん、大丈夫かな。私たちもお見舞いに行きたかったんだけど」
「ああ、だいじょぶだいじょぶ。もう熱も下がったみたいだし、予定通り今日退院するって。本人的にはもっと早く家に帰りたかったらしいんだけどね」
結局、ただの風邪だったということなのだろう。ずいぶん体が弱っていたらしいから、一日入院させたのは正しかったのかもしれないな、と悠太はぼんやりと考えた。病院の制度のことなど知らないから、彼女の入院に、何の疑問も抱いていなかった。自分でも、入院などしたくない、家に帰りたいと思っただろう。
ただ、これはあくまでも悠太の勝手な想像なのだが、もしかすると彼女は口では帰りたいと言いながら、実は安心していたのではないかと思う。見た感じでは、あの家は息苦しそうだから。
「じゃあ、明日には会えるかな?」
「うんうん、会えるよ。いやー、も本望だよ。茉莉ちゃんにそこまで心配してもらえたら」
死んだような言い方をするな。そう言って、水沢がため息をついた。
「茉莉ちゃんはやっぱ優しいね」
「え、そんなことないよ、普通だよ」
「でもさ、も茉莉ちゃんくらい優しくなってくれないかなーって思うわけ。ほんと、あいつって素直じゃないし、すぐ怒るし?」
「え、そ、そうかな。ちゃんはすごく優しくて素直だと、思うな」
突然、茉莉の歯切れが悪くなった。
亮介以外の誰もがそのことに気づいたようだったが、理由はわからなかった。ただ、丸い目を更に丸くして、茉莉は体育館の入り口を見つめていた。
何となく、そちらへ目をやる。
そこには、制服姿の女子高生が、一人。彼女は、悠太と視線を合わせると、悪戯っ子のように笑って、人差し指を口元に持っていった。
同じく彼女の存在に気づいたらしい日暮里が、何かを思いついたのか、ポンと手を叩いて土屋からノートを借りた。そしてそれを、彼女に恭しく差し出す。
「もうちょい可愛げを持って欲しいっていうか」
その辺でやめておいたほうが身のためだが、亮介は全く気づくことなく茉莉と喋っている。ただ、茉莉のほうは明らかに動揺していた。
「素直になってほしいっていうか」
「悪かったね、素直じゃなくて」
「いっ……! ってえ!!」
日暮里から受け取ったノートを丸めて、彼女は勢いよく亮介の頭をはたいた。
聞きなれた音だ。この音が聞こえると、亮介も航も、すっかり従順になってしまうから不思議だ。
座り込んだ亮介が、信じられない、という顔をして、を見上げた。
「おま……何で!?」
「さっき退院してきたの。土屋くんに用事があったから、ちょっとだけ顔出したんだけど。どうやら悠太くんを困らせてるみたいですねえ、月森くん」
「こ、困らせてねえよ! なあ、悠太」
「いや、うーん……」
楽しそうだ。というか、楽しい。
ようやくいつものリズムが戻ってきた気がして、悠太は笑った。
「土屋くん、このノート預かっててくれてありがとう。あとは私がやっとくから」
「あ、はい。昨日使ったお金はちゃんと書いてますから」
「うん、ありがとう」
ノートは恐らく部費の使い道など、いろいろなことが書かれたものだろう。見舞いに行ったとき、彼女が土屋にそれを渡しているのを見た。
「じゃ、お母さん待たせてるから。帰るね」
「今日はゆっくり休めよ!」
「うん、わかってる。じゃね」
まだ座り込んでいる亮介の頭をノートで叩いて、は体育館を出て行った。
たった数分の再会。だが、その数分間で、彼女はあっさりと体育館の空気を変えてしまった。いや、元に戻してしまった。
「よし、皆、構成の確認始めよう!」
「おう、そうだな! やるか!」
全員が、さっきまでとは打って変わってきびきびと動き始めた。
やっぱり男子新体操部は、全員が揃わないと駄目だな。悠太はが出て行った出口を振り返って、小さな声でおかえり、と呟いた。
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