「すごい、やっぱ設備が整ってるなー」
「やっぱり七連覇してるだけあるよね」

 体育館全面を使っているということなのだろう。いつもは半面の、更にその3分の1程度しか使わせてもらえない男子部は、この設備に思わず言葉をなくしていた。
 と、思えば、航たち三人は、テンションが上がりすぎたのか、マットに向かって突進していった。
 女子部の視線が痛い。いっそ、私は女子部の人間ですよ、と紛れ込みたくなった。

「お前ら、何やってる!」

 連れ戻そうかと考えているうちに、どうやら責任者がやってきてしまったようだ。はここでいよいよ隠れるという選択肢を掴み取り、何食わぬ顔で葵の隣に立った。
 これが、高杉コーチと烏森高校男子新体操部の出会いだった。

「あんたらね、最初から怒られるのやめてよね」
「あいつの心が狭すぎるんだよ!」
「はいはい、じゃあ聞くけど」

 全く反省のそぶりを見せていない三人に、呆れ返るしかない。同じ不良だというのに、木山はおとなしくしている。彼を見習って欲しい。
 は、幼稚園児に言い聞かせるような気分で、彼らに説教を始めた。

「航、月森。あんたら、誰もいない日暮里くんちに行って、勝手に上がりこんで、冷蔵庫開けれる?」
「は?」
「いやいや、いくら俺らでも、そういうことはしねえよ」
「同じでしょ。私たちは、ここでお世話になるの。許可もなく、勝手な行動はしない」

 まったく、言われなければわからないのか。彼らの傍若無人な振る舞いは、いつになったら改善されるのだろう。その間、肩身の狭い思いをするのは、他ならぬ他のメンバーたちだ。

「頑張れ、男子部のお母さん」
「ええ〜……何それ。ものすごく嫌」
「でもねえ。の喋り方って、たまにすごくお母さんっぽいもんね」

 葵たちに笑われ、は心底、自分も女子部の部員だったら良かったのに、と思った。
 そもそも、自分はここで何をするべきなのか。はいまだに掴めていなかった。もともと新体操には詳しくないし、入部してからも、詳しいことを知ろうとしなかった気がする。ただ、柏木や悠太の負担を減らせれば良いと思って、ひたすら裏方の仕事ばかりをしていた。
 だから、新体操のエキスパートばかりがいるような場所では、自分は全く役に立たない人間でしかないと思う。
 唯一、使い道があるとすれば、暴走しかねない部員たちの首に縄をつけて引っ張り戻すこと、それだけだ。

「もうさ、も女子部と一緒に行動しちゃえば?」
「どうせ部屋も一緒だしね」
「こんなところでまで、神経すり減らす必要はないって」

 そんな女子部の言葉がありがたいとは思う。思うが、たとえ女子部と一緒に行動したとしても、自分は何も出来ないと思う。それに、女子部には、百人力の葵がいる。自分がいても、恐らく意味はない。
 葵たちの冗談に笑い返して、は結局先を行く男子部に駆け寄った。
 どうやらまた鷲津とひと悶着起こしていたようだ。は鷲津と彼らが言い争っているところをそれまで実際に見たことはなかったが、遠くから見ても、彼らの雰囲気は険悪だった。

「クリスマスカラー……」
「うわ! お前、いたのかよ!」
「いたよ、今」

 航の隣に立つと、彼は大げさに驚いた。珍しく彼はあまり怒りを面に出していないようだ。そのかわり、月森と日暮里はあからさまに怒っていたけれど。

「やだなー、怖いなあ。出来ればあんまり関わりたくないなあ」
「関わることなんざねえだろ。お前はうちのマネージャーなんだからよ」
「いや、そうだけど」

 できれば、あの集団とは関わりたくない。嫌なことを言われて、傷つくだけだ。
 苦々しい思いで彼らを見送っていると、高杉が入れ替わりでやってきた。

「火野! 火野はいるか!」
「――はい!」
「お前は、鷲津と一緒に練習しろ。残りの奴らは、こっちだ」

 鷲津を追いかけていく火野を見送る。
 なるほど、一人レベルの違う火野を放っておく馬鹿なコーチもいないだろう。まだまだレベルの低い烏森は見下されることが多い。それは鷲津からだけではなく、同じ学校の女子部からでさえ、見下されるほどだ。
 だから、航たちはどうだか知らないが、もともとのメンバーから見れば、火野の存在は誇りなのだ。多少の羨望が混じった視線を送る悠太たちの横顔を見つめ、は僅かに口元を吊り上げた。

「ねえねえ、何するのかな」
「さあ……でも、こっちは体育館じゃありません」
「そうだね。まあ、おとなしく練習させてくれるとは思ってなかったけど」

 土屋と柏木と、顔を見合わせる。
 おとなしくついていけば、たどり着いたのは倉庫だった。それも、もう使われていないものばかりが収められている、明らかにガラクタ置き場。
 嫌な予感を覚えて顔を上げると、高杉は無表情のまま、言った。

「中の廃棄物を、屋上まで運べ。時間はそうだな……2時間だ」
「はあ!?」
「俺の言うことが聞けない奴は、帰って良い」

 清清しいほどの鬼コーチっぷりだ。
 横暴にも見えるその態度に、あの航たちが突っかからないはずがない。ただ、は引き止める気力もなく、呆然と高杉を見つめていた。
 高杉は、返事の仕方まで徹底的に指導し、部員たちに言うことを聞かせてしまった。これはある意味、素晴らしい指導者なのかもしれない。彼らを従わせるには、こういった毅然とした態度が何よりも効果を持つのだろう。

「せっかくここまで来たのに……」
「皆、怒ってましたね」
「まあまあ、二人とも。そんなに落ち込んだってしょうがないですよ。私らは私らに出来ることをしなきゃ」

 フラフラと机やら棚やらを運んでいる部員たちを振り返って、は笑った。おかしくて笑っているわけではない。こういうときは、落ち込んで表情を暗くしても、何の意味もないのだ。それならば、笑っていたほうが良い。
 だが、土屋はそんなを見て、目を伏せた。

「あの……先輩」
「ん?」
「……大丈夫、でしたか?」
「え、何が?」

 本当に、その言葉の意味がわからなかったから、首を傾げただけだ。
 だが、土屋は一層深刻な顔で、を見つめた。

「あまり良い顔されなかったんじゃないかって、皆心配してました」
「……ああ」

 そういうことか。確かに、三連休を合宿に費やすと聞いて、母は心配そうな顔をした。だが、父はもはや興味を示さなくなっていたし、サツキに至っては、あの航が赤羽に殴られた夜以来、口も利いていない。
 無言は肯定の証。は勝手にそう解釈して、ほぼ無断で合宿に来てしまった。いや、母にはきちんと話しているし、きっと問題はない。

「ごめんごめん、心配かけちゃって。まあ、良い顔はされてないけど、大丈夫だったよ。ありがと、土屋くん」

 あの夜、土屋が自分を庇ってくれたことが何よりも嬉しかった。
 だから、特に彼の前では笑顔でいてあげたかった。土屋の頭を軽く撫でて、はもう一度部員たちのいる方向を振り返った。

「ありがとう」

 彼らにも、口には出さず、そう囁いた。




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