「私は亮介の彼女である」

 は、柱に寄りかかってそう呟いた。

「そして私は、拓の幼馴染である」

 どちらかを選べと言われても、もちろん無理だ。どちらも大切な存在で、どちらにも今まで助けてもらっていた。
 だから、二人が悩んでいるなら助けたいと思っているし、実際月森が大変なことになっていたときは、水沢には目もくれず、彼を助けた。
 今回は、明らかに水沢が悩んでいる。その内容は打ち明けられていないし、実際自分には何も出来ないのかもしれない。だが、たとえ何も知らなくても、彼の味方でいることだけは、忘れたくなかった。
 ただ――さっきの月森に対する態度は、間違っていたと思う。

「後で謝らなきゃな」

 月森をないがしろにしてしまったことで、彼は恐らく怒っている。今まで、水沢とどれだけ仲良くしても、彼は怒ったり拗ねたりしなかった。それは、と水沢の関係と、二人の間にある絆について理解していたからだ。
 だが、あの時のは頭に血が上っていて、言ってしまったのだ。
 月森にはわからない、と。
 その言葉が、更に彼の神経を逆撫でしたことは間違いない。あれほど自分に対する敵意を剥きだしにしている月森を、は初めて見た。

「うん、そうしよう――って木山くん!? いつからそこに!!」

 気づけば傍らには木山が立っていた。
 そういえば、木山に呼び出されてここまで来たのだった。木山はいつも気配もなく近寄ってくるから、独り言を聞かれる確率もかなり高い。いっそ笑ってくれればいいのに、彼は何も見なかったかのように振舞うから、余計に気まずいのだ。

「月森、へこんでたぞ」
「え、嘘。やっぱ謝らなきゃ」
「いや、お前が水沢のこと大事にしてんの知ってて、ああいう言い方しちまったって。あいつも、謝るって騒いでた」

 胸の奥が締め付けられた。
 お互いに、同じことを考えていたのかと思うと、嬉しさよりも先に、申し訳なさが現れた。悪いのは、恐らく自分のほうだと思うから。

は、水沢の幼馴染だったよな」
「あ、うん。あれ、そういえば木山くんは知らなかったっけ? 話すと長くなるんだけど、普通の幼馴染よりも、私は拓に依存してるんだよね」

 水沢のほうは、それほど依存していないと思う。ただ、彼は誰よりものことを知っていて、理解してくれている。だからこそ、依存の度合いも強くなる。

「私さ、家族と上手く行ってなくてね。更に、昔は周りの人全員が敵に見えたような時期もあってね。でもね、そんなときでも、拓だけは私の味方をしてくれたの。私はあんまり自分の考えとかを話したりしないタイプだからさ、結構抱え込んじゃって、一人で悩んだりするんだけど……拓だけは根気良く話を聞いてくれたし、親身になってくれたし。今まで私を支えてくれたのは、拓なんだ」

 今でも、それは変わらない。月森と付き合うようになって、新体操部の仲間ができても、やはり一番に頼ってしまうのは、水沢という個人だった。
 つまり、水沢という存在が、絶対だということ。
 それが月森や、今回のように部員たちの反感を買ったとしても、自分は水沢の味方でいたい。それが自分なりの、彼への感謝の表し方なのだから。

「……拓は、私の大切な幼馴染なんだよ」
「だろうな」

 見てればわかる。
 木山はそう言って、窓から見える月を見上げた。

「ずっと見てきたよ。話も聞いてきたよ。だから、知ってる。拓にとって一番大切なのは、新体操なの。だから、拓が理由もなく練習サボったり、するわけない。何か理由があるはずなんだけど……」
「俺か」
「いや、どうだろ……」

 木山のことを気に入らない、というわけではないと思う。
 理由もなくそう思っているのではない。

「拓ね、木山くんの飲み込みの速さはすごいって言ってたし」
「……」
「でも実際、木山くんに対して、素直になれない何かがあるのは間違いないと思うんだ。でも、木山くんのことを歓迎してないわけじゃないと思うし……」

 一体何があったのか。そもそも、水沢が木山に対して嫌悪感を抱くような理由が、見当たらないのだ。
 彼と同じクラスになって初めて、かかわりを持つようになったのだから。

「木山くん、拓をいじめたりしてないよね」
「……してねえよ」
「いや、冗談だったんだけど。でも実際、木山くんにも心当たりはないわけでしょ?」
「ああ」

 何なんだろうね、そう言って、ため息を吐き出す。
 水沢に直接聞いても、話してくれないだろう。簡単に話せることならば、自分なり悠太なりに、彼は話しているだろうから。

「一応、私も注意して見ておくけど……木山くんに落ち度はないはずだから、あんまり落ち込まないで」
「……ああ」
「ごめんね」
「お前が謝る必要はねえだろ」

 木山は表情も変えずにそう言ったが、実際、彼の戸惑いは相当なものだろう。わけのわからないまま、仲間に距離を置かれてしまって、できれば誰かに答えを与えて欲しいのかもしれない。
 例えそれが、水沢は本当に木山が嫌いだ、という残酷な答えであっても、だ。
 あんまり遅くなるなよ、と言い残して部屋に戻っていく木山の背中は、やはり寂しげだった。

、ちゃん」
「うわ!」

 またか。
 どいつもこいつも、気配を消して近づいてくるのはやめて欲しい。振り返れば、手を振っている月森がいた。

「亮介……ちょうど良かった。会いに行こうと思ってたの」
「え、マジで? 俺も。っつーか、、俺に会いたかった? やっぱ合宿の醍醐味っつーか」
「拓のことなんだけど」

 恐らくわざとおどけている月森の言葉を、意図的に遮る。水沢の名前を出すと、彼は動きを止めて壁に寄りかかった。

「亮介にはわかんないとか言って、ごめんね。亮介は、ちゃんと私が拓のこと大事にしてること、知ってたのにね」
「いや、俺も言いすぎたっつーか……正直、今日の水沢は意味わかんねえし、何隠してんのか知らないけど、あの態度はねえだろって思ったけど。俺も頭に血が上ってたんだよな、悪い」

 隣に立って、窓を開ける。夜風が入り込んできて、髪の毛をさらった。

「でも、。水沢がお前にも何か隠してんのは事実だろ。お前、それであいつを信じられるわけ?」
「……うん」
「俺だったら、わかんねえよ。お前が隠してたときもそうだったけど、何も話してくれない奴と、これ以上付き合っていけんのかって、不安だったし」

 あの時、自分は本当に、彼との別れすら覚悟していた。だから、月森の言い分も理解できる。
 彼は今、自分の考えを隠さずに伝えようとしてくれている。胸の痛む内容ではあったが、自分は最後まで冷静に聞かなければならないだろう。

「これ以上あいつが何か隠して、変な態度取り続けるなら、俺は――無理かも」
「……私は、それでも拓の味方でいたいの」
「そう言うと思った。あーあ、俺じゃ絶対水沢に敵わねえんだろうなー」
「そんなことないよ。亮介は亮介で、大事なの。でも、今拓は明らかに悩んでる。私が悩んでたとき、拓が味方でいてくれたみたいに、私も今、拓の味方でいたいって、それだけ」

 月森の表情は、変わらなかった。
 彼は今、歩み寄ろうとしてくれているのだ。内心、彼はどう思っているのだろうか。葛藤はあるに違いない。
 それを隠して、自分の思いを尊重してくれている。

「亮介……」
、俺のこと、好き?」
「うん」
「じゃ、それで良いや」

 我慢も大事、と彼が口走ったのを、は聞き逃さなかった。
 振り返って、月森を見上げる。いつもなら、目を合わせた瞬間に、彼は顔を綻ばせるはずだ。だが、今日の彼は、ただ真剣な表情のまま、を見下ろしていた。





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