「あのー……鶴見、くん?」
ビデオカメラを抱えたは、恐る恐る鶴見に近寄った。高杉に、鶴見にカメラを渡すよう指示されたのだ。
正直に言おう。鶴見――いや、鷲津のメンバーには関わりたくなかった。
振り返った鶴見の無表情さを目の当たりにして、は自分に指示を出した高杉を恨んだ。
「コーチに、カメラ渡せって言われたんですけど」
「カメラ?」
「あの、さっきのタンブリングの練習、撮ったんで」
「ああ……」
彼はとカメラを交互に見て、それから手を出した。
「ありがとう」
予想外の言葉だった。無言でカメラを奪っていくのかと思っていたが、意外と常識的な態度をとるのだ。
鶴見はその場でカメラを起動させ、自分のタンブリングをチェックし始めた。
彼は航たちをクズだと言ったり、悠太たちを馬鹿にしたりもするが、それは誇り高いからだ。新体操に誇りを持っているからこそ、彼は自分と相容れない人間を拒絶する。
ただ、そうだとしても、やはり彼の態度には釈然としないけれど。
とにかく、もう自分の役目は終わった。逃げるが勝ちだ。
「……?」
が、遠ざかろうとしていたを、鶴見が呼んだ。
「私、ですか」
「名前、間違ってたか?」
「え、いや、合ってます」
鶴見は怯えているになど気づいていないのか、無表情のまま、ビデオカメラを突き出した。
結局、元の位置に戻る。
「見ろ」
「え?」
「足まで入ってないだろ」
「あ、はあ……あ! ごめんなさい!」
見せられた映像は、が撮ったタンブリングのもの。
改めてそれを見て、気づいた。全身が入っていないのだ。これではきっと役に立たない。
「今からまたタンブリングの練習ですよね? もう一回撮り直します」
「……、頼む」
何故か怪訝そうに表情を動かした鶴見が、頷いた。カメラを受け取って、さっき撮影した位置に戻る。
意外と親切に教えてくれるんだなあ、などと思いながら、スイッチを入れる。怒られると思ってた、と無意識のうちに口に出していた。
鷲津の人間は、一様に高圧的で、他人を見下すことに抵抗を持っていない。そう思っていたが、鶴見は少しだけ、違うようだ。少なくとも、彼は彼なりの信念の元に、覚悟を持って言葉を口にするのではないか。
彼はこうして、努力を怠らない。烏森の部員たちとは比べ物にならないほどに美しいタンブリングを見れば、彼が自分の誇りのためにどれだけの努力を積み重ねているか、わかったような気がした。
「撮れました!」
鶴見に駆け寄ると、彼だけではなく鷲津や帝都大の人間までを見た。
それを無視して、鶴見にカメラを差し出す。今日は、朝から妙な雰囲気なのだ。いつもはになど目もくれない彼らが、やたらとこちらを見ては、嫌な笑みを浮かべる。
だが、鶴見だけは違った。
彼は一言で言うと、ストイックなのだ。新体操技術の向上以外に、興味はないのかもしれない。
「撮れてますよね」
「ああ」
「ふっ、同じ過ちは二度と犯さない、それがこの私」
「そう思うなら、独り言はこれっきりにしろ」
ふざけすぎた。鶴見はを見もせず、カメラを見つめたまま吐き捨てた。
鶴見にしろ、木山にしろ、独り言に対する反応が薄すぎて困る。もっと笑ったり、ひいたりしてくれたほうが、むしろ良い。
「よく撮れてる」
「えっ」
鶴見が小さな声で言ったその言葉は、体育館に響く声のせいで、よく聞き取れなかった。
だが、は見てしまった。
「鶴見くんが、笑った……!」
聞こえないように、顔を背けてボソリと呟く。今度の独り言は、聞かれなかったようだ。
一瞬の笑みは既に消えていて、鶴見はビデオに夢中になっていた。
恐らく、悪い人ではない。何度も言うように、新体操が何よりも大切なだけなのだ。そう、思う。
仲良くなろうとも思わないが、このまま悪い印象ばかり持ち続けるよりは、良い。
鶴見がそれほど悪い人ではないと知ったは、それまで沈んでいた気持ちを、僅かな時間、忘れられた。
昼休みになり、体育館で練習していた部員たちは皆、食堂に向かった。最後まで残って片づけを終わらせたもまた、体育館を出る。昼休みになれば、部員たちに会えるから、この時間だけが楽しみだった。
途中、窓拭きを途中で切り上げたらしい部員たちを発見して、駆け寄る。
今日は大丈夫だっただろうか。遠くから見た水沢の横顔は暗かったけれど、他の部員たちはいつもどおり笑っていた。
「拓!」
最後尾を歩いていた水沢の肩を叩く。
「ああ、……」
「窓拭き大変だった?」
「うん、まあ」
やはり元気がない。新体操をやっているときは、いつでも楽しそうに笑っていた水沢が、むしろ苦しそうにしている。
木山と月森が、ちらりとを見て、そのまま前に視線を戻した。
木山は恐らく、水沢に何か声をかけるべきか迷っているのだ。だが、水沢の元気がない理由がわからない、というよりも自分にあるかもしれないというこの状況では、手の施しようがない。
そして月森は、いろいろなものを押し込めている。
何も語らない水沢と、そんな水沢のことばかりを見ているに対する苛立ちを押し込めている。いろいろと言いたいこともあるだろうに、それを我慢しているのは、きちんと二人の関係を理解してくれているからだ。
「今日さ、ビデオが良く撮れてるって褒められちゃったぜ」
「……そっか」
「今度拓のタンブリングも撮ってあげるね! 私、拓のタンブリングがすごく好きなんだよね」
本当の気持ち。
水沢のタンブリングを初めて見た日、目を奪われた。他の誰のタンブリングよりも綺麗で、鋭くて、胸がスッとした。
もし、今彼がタンブリングをするとしたら、あの時のようなタンブリングが出来るだろうか。そう思うと、悲しくなった。
「、ごめんな」
「……ん」
「ごめん」
謝るくらいなら、何に悩んでいるのかを教えて欲しい。
だが、は何も言わず、首を横に振った。
水沢は、相変わらず悲しげに目を伏せていた。
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