「今日のお昼ご飯は何だろうね」
「そうだな」
僅かに水沢の元気が出てきたように見えた、その矢先のことだった。
「おい、来たよ」
一足先に食事を始めていた鷲津の部員が数人、立ち上がって近づいてきた。
それと同時に、沸きあがる食堂。全く心当たりがないので、首を傾げるしかない。しかし、嫌な予感だけはひしひしと感じられる。
「お前らの中に、オカマがいるんだってな」
ますますわけがわからない。
全員が、怒る前に首を傾げた。だが、鷲津の選手――は名前も知らないが、恐らくそれなりに実力のある選手だったと思う彼が、まっすぐに水沢を見た。
「お前、男が好きなんだって? どいつだよ、木山って」
瞬きを繰り返す。
一瞬、彼は水沢ではなく、その前に立っている自分に話しかけているのかと錯覚したほど、意味がわからなかった。
ゆっくりと水沢を振り返る。
その瞬間、血の気が引いた。真っ青な水沢の顔が、何よりもそれが根拠のない中傷ではなく、事実だということを語っていたからだ。
「……拓?」
いまだに状況はつかめなかったが、水沢は震えていた。
水沢は男だ。本当に木山が好きだというのなら、それは――特殊な恋になる。一般的に、男は女を好きになるものだと、誰もが思っているから。
あまりの驚きに、頭が真っ白になった。
水沢には、過去に何人か彼女がいたはずだ。中学時代まで遡っても、はその彼女の顔をはっきりと思い出せる。男が好きだなどと、そんなそぶりは全く見せていなかった。
――いや、木山がそうなのか。だから、最近の彼は変だったのだ。
などと冷静に考えていたは、やっと水沢から視線を外した。
嫌悪感などは、不思議となかった。驚きのほうが強かったからか。ただ、そういうこともある、と思っただけだ。
「てめえ、いい加減なこと言ってんじゃねえぞ」
「水沢、お前も黙ってないで何か言い返せよ」
言い返せるはずがないのだ。それは全て真実なのだから。
水沢の傷が、少しずつ、広がっていく。庇うように彼の前に立ち、鷲津の部員を睨みつける。
「ずいぶん仲が良いんだな。もしかして、お前らも同類だったりして」
その瞬間、全員の中で、何かが切れた。
堪忍袋の緒だったり、信頼の糸だったり、それは人によってさまざまだったが、確かに切れたのだ。
航と月森が、一斉に声を荒げた。テーブルと椅子を蹴飛ばし、掴みかかろうとする。慌てて木山と悠太がそれを止めたが、だが二人ともその手に力はなかった。
「東くん!」
「あなたたち! また揉め事!? いい加減になさい!」
そんな柏木と江崎の声など、耳に入らなかった。
ただ、もまた傷ついていた。水沢に隠し事をされていたこと、そして、仲間だと思っていたはずの部員たちが、決して水沢と視線を交わらせようとしなかったことに。
泣きたい、と思った。
きっと自分の涙は、偽善に映る。とも思った。
「拓、ちょっと待って」
食事もそこそこに、食堂を出た。
あの雰囲気の中では、到底食事できる気分ではない。最後尾をとぼとぼと歩いている水沢を引き止める。
元気付けたかったわけではない。ただ、何か言っておきたかった。悲しいことだが、他の部員たちは皆、水沢への不信感でいっぱいになっているようだったから。
「窓拭き、頑張ってね。っていうか、もしコーチに許可もらえたら、私も手伝う」
「……、気を遣わないで良いから」
「何言ってんの」
水沢の肩を叩いて、体育館のほうへ向かう。
きっと自然に笑えたはずだ。自分にはどう声をかけていいのかがわからないが、知っていることがある。
それは、水沢にとって、新体操が何よりも大事だということ。
その思いに、彼の恋心は関係ない。
残念ながら、それを部員たちはわかっていないようだった。突然判明した事実に動揺を隠せないのもわかるし、男が男を好きだという状況に嫌悪感を覚えてしまったり、戸惑ったりするのは仕方がないことだとは思う。
だが、それが絆を壊してしまうほどだとは、思っていなかった。
涙が一粒、零れ落ちた。
「――」
「――っあ、亮介」
耐え切れず立ち止まったの肩に、手が乗せられた。振り返れば、複雑そうな表情の月森が立っていて。その表情を直視しきれず、は俯いた。
「何つーか、水沢のことなんだけど」
「えっ……うん」
「あんまり声かけるの、やめたほうが良いんじゃね?」
「は?」
月森の指が、の頬を伝っていた涙を拭った。
「いやほら、あいつだって気ぃ遣われんの、嫌だろうし? あんまり構いすぎても、逆に気まずいだろ」
「――そう、かな」
「まあ、それもあるけど……お前も食堂の奴ら、見ただろ。聞こえただろ。キモイとか、おかしいとか……」
苦々しい表情で食堂での陰口を再現した月森を、思わず睨みつける。彼は一瞬怯んだ後、俺が言ったんじゃねえよ、と取り繕うように言った。
「俺たちは、お前が水沢のこと大事にしてんのは知ってるけど。他の奴らは知らないわけだし、あんま水沢に関わりすぎると、お前まで」
「……心配、してくれてるんだ」
彼は、純粋に自分を心配してくれているだけだ。
はそう自分に言い聞かせた。たとえそれが、水沢を切り捨てることだとわかっていても、彼は言わざるを得なかったのだろう。
「ごめん、亮介。私は、拓を一人にしておけないから。今、拓の味方をしてやれるのは、私だけだよ。だから、拓にうざいって思われてもいいし、他の人に何て言われても良いから、一緒にいたいの」
月森の眉間に、深い皺が刻まれた。
こっちの限界も、もう近いだろう。はそう思いながらも、背を向ける。
それ以上、二人は言葉を交わさず、お互いに遠ざかった。
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