昨夜はほとんど眠れなかった。
おかげでひどい倦怠感と頭痛のような感覚に襲われていたが、は女子部のメンバーが起床し始めたのとほぼ同時に起き上がった。
彼女らは、気を遣っているのか昨日からほとんど声をかけてこない。ありがたかった。今なら、彼女らに対しても、ひどい言葉を投げつけてしまいそうだから。
「ちゃん、顔色悪いけど、大丈夫?」
「ん、大丈夫。ありがと、心配してくれて」
極力やわらかい雰囲気を取り繕って、茉莉に笑いかける。
それ以外は無言で、身支度を整えた。体は重かったが、何とかいつもどおりの格好に仕上がった。
その時だ。
部屋のドアが、激しく叩かれた。皆が目を丸くして、恐る恐るドアを窺う。
誰だ。少なくとも、コーチ陣や帝都大の女子部は、このような起こし方をしないだろう。だとすれば、どこかの男子部の仕業か。
一番ドアに近い場所にいたは、緩慢な動作で立ち上がり、いまだに叩かれているドアの取っ手に手をかけた。
「うるさい、非常識にもほどがある!」
開け放ったドアの向こうには、顔面蒼白の、悠太がいた。
「……悠太くん? 何? ここ女子部の部屋なんだけど」
「さん、水沢知らないか!」
「拓? いや、知らない……え、何かあったの?」
「水沢の荷物が消えてるんだよ! 今航と金子も探してるんだけど、どこにもいなくて!」
これほど必死に、彼は水沢を探しているのだ。
良かった、まだ仲間だと思ってくれている。は唇を噛み締め、呆然としている女子部には目もくれず、部屋を飛び出した。
「探せるところは大体探したんだよ」
「じゃあ、もしかして……!」
「荷物もないし、やっぱり」
とりあえず一旦部屋に戻る、という悠太についていく。
水沢は、部活をやめるつもりなのだろうか。そんなことは、あってはならない。彼がどれだけ新体操を愛していて、この仲間を大切にしているか、誰もが知っているはずだろう。特に、ずっと一緒にいた悠太たちは。
つまり、自分は水沢を救えなかったということだ。
苦々しい思いを覚えながら、は悠太と一緒に部屋に入った。
見回したが、やはり水沢はいなかった。呆然としている木山と金子、そして座り込んだまま動こうともしない月森と日暮里。火野は無言で身支度を整えていた。航と土屋はいなかった。
足りない。
自分が好きだった新体操部に欠かせない人間が足りない。涙すら枯れたか。ただ呆然と立ち尽くしていたは、部員たちの会話さえ聞いていなかった。
「……」
気づけば、航がいて。
振り返って彼を見た瞬間、の目から涙が溢れ出した。
「どうして……拓は、新体操、好きだったのに」
「悪い、本当に、俺たちが……」
「皆が揃ってなきゃ、意味ない、のに……!」
その場に崩れ落ちて、声を上げて泣く。
「あの、水沢先輩が、このノート」
土屋がか細い声でそう言って、ノートを悠太に差し出した。
戸惑った様子の悠太がノートを開き、それから目を瞠った。
金子
お前は鹿倒立のとき、つま先が曲がる癖があるから気をつけて。
それと、いつも一言多いかな。けど、その一言を、我慢しないでくれ。
団体は、信頼関係が大切なんだ。お前がみんなを繋いでくれてる。
火野
お前のレベルは、この部は物足りないかもしれないけど、俺たちにとって、お前の存在は大きいんだ。
入部してくれて、本当にありがとう。
土屋
選手からマネージャーに転向するのは、本当につらいよな。
でも、お前がそんなそぶりを見せないから、俺たちも練習に集中できた。
これからも皆を、支えてやってくれ。
航
お前は乱暴だし、むちゃくちゃだ。
でも、お前が入ってくれたおかげで、この新体操部は、変わることができた。
いつか納得の行くタンブリングができるようになったら、見せてくれよな。
亮介
いつもふざけてばっかりで、まじめに練習しない。
でも、お前には羨ましいほどのセンスがある。
頼むから、そのセンスを無駄にしないでくれ。
日暮里
お前の努力には、正直驚かされた。
祭り、楽しかったな。
お前の努力は、いつか絶対報われる日が来る。
だから、その気持ちを、忘れないでくれ。
木山
いろいろとすまなかったな。
でも、俺はお前が新体操部に入ってくれて、本当によかったと思う。
これからも頑張ってくれよ。
最後まで俺の味方でいてくれてありがとう。
でも、俺のためにが傷つくことはないんだ。
俺は、皆は、の笑顔が好きだよ。いつでも、俺たちの味方でいてくれるが、好きだ。
だから、これからも皆の味方をしてやってくれ。そして、皆もきっとの味方だ。
その笑顔で、これからも新体操部を支えてやってくれよな。
悠太
お前と新体操ができて、本当によかった。
最初は人数も少ないし、体育館も使えなくてつらかったよな。
でも、お前のその真っ直ぐな気持ちに、こうして皆が集まってくれたんだと思う。
少なくとも俺は、その一人だった。
いつか六人そろったら、一緒に団体に出ようって言ってたけど、約束守れなくてごめんな。
その夢が叶うこと、俺は心から願っている。
ありがとう
気づけば、ほとんどの部員が涙を流していた。
心が曇っていて、水沢の本当の想いが見えなくなっていたのだ。
「どうするよ、キャプテン」
涙のたまった目で、悠太が航を見つめる。
もう言葉はいらなかった。火野以外の全員が、部屋を飛び出した。
TOP NEXT