火野に割り振り表を送った。
特に返信など期待していなかったが、ただ一言、ありがとうございます。というメールが返ってきた。予想通り、絵文字も何もない淡白なメールだったが、火野らしくて良い。
そして、少し躊躇っただったが、もう一度、メールを送った。きっとこれでメールを切るのが正しい反応だったと思うし、火野も迷惑だと思うかもしれない。
「今日元気なかったけど、大丈夫?」
火野は、どのような顔でこのメールを読むのだろう。
おせっかいだ、面倒だ。そう思うだろうか。
「つーか、二人ともうるさい! 静かにしなさい!」
「はい、ねえさん!」
「す、すみません……!」
店の中で追いかけっこをしている日暮里と金子を叱り付ける。
ただいま、カモメでオムライスタイム。だったはずなのだが、交差技の話になり、メンバーの話になり、最終的に日暮里と金子の鬼ごっこが始まったのだ。
日暮里にそれだけの元気があるということは嬉しいが、これではとんだ迷惑な客だ。
「日暮里くん、まだチャンスはあるよ。大丈夫」
「そ、そうっすよね」
「そうそう。何なら、メンバーを蹴落としちゃえば?」
「蹴落とす?」
その選択肢も、もちろんあるはずだ。県大会はどうなるかわからないが、関東大会までは、まだ十分な時間がある。急激に実力を伸ばすのは厳しいかもしれないが、関東大会のメンバーを決定する頃までに、日暮里が誰かを追い抜かないとは限らない。
「亮介とか」
「!? お前……!」
「いや、亮介さんを蹴落とすのはちょっと……無理があるっすよ。兄貴ならともかく」
「てめ、日暮里!」
また騒ぎになりそうだったので、そうなる前に手を叩いて止める。
ちょうど電話がかかってきたところだったので、静かにさせなければ、邪魔になるだろう。
「お前ら、全体的に黒い!」
日暮里が運んできたゼリーを食べていると、毎度のことながら、茂雄がやってきた。彼はいつも野菜の配達にかこつけて奈都子に会いに来ているようだが、まったくその思いが実る様子は見られない。
そんな彼は、奈都子が誰かと電話をしているのを見ると、血相を変えて航に駆け寄った。
「奈都子さん、誰と電話してんの……!?」
「知るかよ」
「ちょっ、ちょっと来て、航来て!」
茂雄が航を連れて店の奥へ行く。残されたと亮介は顔を見合わせて、首を傾げた。
どうやら、奈都子には何度か知らない男から電話がかかってきているようなのだ。だが、だからといって他人の自分たちが口を挟む必要はないだろう。航ならばともかく。
その航が気にも留めていないのだから、自分たちが慌てるわけにも行かない。
「さっきも、電話があったんだよ。渋い中年男の声で、奈都子さんいらっしゃいますか、って」
「てめえ、人んちの電話に勝手に出てんじゃねえよ!」
「ああ、そうだな!」
もはや茂雄はまともに会話できる状態ではないようだ。
さくらんぼは後にしよう、と呟いて、は戻ってきた航を見た。彼は特に動揺しているわけではないようだ。
「どうしよう、奈都子さんが怪しい男に……!」
「あんたも十分怪しいから」
「ああ、そうだな!」
亮介の失礼な言葉も、茂雄には意味を成さない言葉の羅列だったようだ。
「しっかし、奈都子さんもついに彼氏できたかー。亮介ショック!」
「何であんたがショック受けてんのよ。節操なしめ」
「はい、すみません」
亮介の頭を軽くはたいて、いまだに一人で喋っている茂雄の様子を窺う。
我を見失うほどに奈都子のことが好きなのだろう。ただ、恋は盲目。お医者さまでも草津の湯でも、という奴だ。
「大変だなあ、茂雄さんも」
「ま、奈都子さんは全く相手にしてないけどね」
ゼリーをすくいながらぼやくと、亮介も苦笑しつつ同意した。日暮里が近寄ってきて航たちのほうを窺い、楽しそうに笑う。
「何かあれっすね、昔の亮介さんみたいっす」
「一緒にすんなよ。俺は今と」
「あ、メール」
「一緒に見えるな」
の肩に手を回そうとした亮介だったが、それより先にゼリーを食べきったが立ち上がったため、その手は空を切った。木山の冷静なつっこみが入り、亮介がカウンターに額をつけてうなだれる。
「そういえば、時間は大丈夫か?」
「ああ、うん。平気。遅くなるって連絡してるし、今日はお父さんの帰りが遅い日だから」
「そっか」
カウンターから水沢の隣へ移動し、はメールをチェックした。
意外と早く、火野から返信があった。だが、中身は予想どおり冷たいもので。
「先輩には関係のないことです」
軽く息を吐き出して、携帯を閉じる。
否定をしなかったということは、何かあったということだ。はそう察して、それ以上返信しないことにした。恐らく、これ以上何かを送っても、返っては来ないだろう。
それから、デザートまで綺麗に平らげて、カモメを出た。見送ってくれた奈都子の表情に陰があるようにも見えたが、誰も気にしなかったようだ。
一人、二人と別れて、最終的に水沢と二人で歩く。最近はいつも、水沢か亮介が家まで送ってくれる。が、亮介の家はの家よりも手前なので、カモメに寄り道したときは、大体水沢が送ってくれることが多い。
「ねえねえ、拓。火野くんのことなんだけど」
「火野?」
「うん。何かさー、今日、様子がおかしくなかった?」
水沢ならば、嫌な顔をせずに相談に乗ってくれるだろうと思った。案の定、彼は今日火野にあれほどひどいことを言われたにも関わらず、真剣に考えてくれたようだ。
「そういえば、火野らしくなかったよな。普段から俺たちを馬鹿にしてるところはあったけど、あんなに怒ったところは見たことないよ」
「だよねえ。何かあったのかな」
「さあ……聞いても教えてくれないだろ」
「うん、駄目だった。関係ないって言われた」
メールを送ったことは伏せてそう言うと、水沢は頷いた。予想通りの反応だったらしい。
「まあ、俺も一応注意しておくけど……、今度は火野か? また亮介と喧嘩するなよ」
「しないよ、もう。私はこれでも亮介にメロメロだから」
「それ、本人に言ってやれば良いのに」
「駄目駄目。ちゃんと出し惜しみしなきゃ、あいつはすぐ浮気するから」
「……あ、そう」
冗談めかして言ってみたが、水沢は何もかもお見通しだとでも言うように笑った。水沢にそうやって笑われるなら、それでも良い。
ただし、一応形だけでもということで、水沢の肩の辺りは殴っておいたけれど。
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