「あの、弟が何かご迷惑をおかけしました……?」
「ん、いいえ。ちょっと意気投合してただけです。何もしてないんで、安心してください」
ようやくサツキを見つけたと思ったら、見ず知らずの男と公園にいた。男二人がブランコに腰掛けて話しかけている光景は妙だったが、どうやら彼と話すことでサツキは落ち着いたようだった。
頭を下げると、彼は温和な表情を浮かべた。
「それじゃあ、俺はこれで」
「あ、はい。ありがとうございました」
一体何者なのか気になったが、去っていく彼とそれ以上何かを話そうとは思わなかった。悪い人ではないようだから、それで良い。
「何だ、あいつ」
「さあ……。でも、何かサツキがお世話になったのは確かみたいだね」
「だな」
亮介も、不審に思うよりもまず戸惑ったらしい。口をぽかんと空けたまま、彼を見送った。
「あいつを帰る気にさせるとは、只者じゃねえな」
「……うん」
「あれ、? 何でそんな泣きそうな顔してんの? 俺、何かしたっけ」
亮介のせいではない。ただ、自分のふがいなさを思い知ったのだ。
サツキが帰ると言い出したのが彼のおかげだと言うのなら、彼は初対面にも関わらずサツキの気持ちを理解したということなのだろう。生まれたときから一緒にいる自分には、何もわからないのに。
「ずっと、考えてたんだけど……」
「ん?」
傍にあったベンチに座る。隣に座った亮介が、恐る恐る顔を覗き込んできた。
「私、サツキがあんなに苦しんでるって、何でわからなかったんだろ」
「……あ」
「ずっと、サツキは私の気持ちをわかってないだけだって、思ってたけど……。わかってなかったのは、私のほうだったんだよね」
俺がいなければ、とサツキは叫んだ。
どれだけの苦しみだろう。今まで自分をそうやって苦しめ続けてきたのだ。それなのに、自分は何も気づかなかった。
嫌われているから、と距離さえ置こうとしていた。
「ちゃんと、向き合ってなかったなあ」
「いや、でもそれは、あいつがお前にひどい態度取るから」
「……うん、確かにそうだったんだけど。でもさ、私、いつの間にか怖がってばっかりで、庇うことも忘れてたんだなって」
どうしてあの時、サツキに言ってあげなかったのか。大事な家族だ、いなくていいはずがないんだ、と。
父親の顔色を窺って、弟を庇うことも忘れていた。姉貴面するな、とサツキがたびたび言っていた理由がわかったかもしれない。大事なときに弟を守れなくて、何が姉だ。
「まだ、間に合うだろ」
「……そうかな」
「間に合うって。はちゃんとわかってんじゃん。あいつが苦しんでるって」
頭を撫でられて、グラグラと揺れた。まるで犬を撫でるような手つきだったが、それも意図的だったのだろう。
亮介を見上げると、彼は案の定、場にそぐわない明るい笑顔を見せていた。
だが、見つめ続けていると、ある瞬間にフッと表情が消えた。
「……おいで」
低い声で囁かれた言葉。自然と体が動いて、亮介に寄りかかっていた。
「俺だってさ、お前がそうやって悩んでんのに、何て言っていいかわかんねえよ」
「……ごめん」
「謝って欲しいんじゃなくて。それでも、俺はお前が苦しんでるのを知ってるから――受け止める」
亮介は、ずっと前からそう言ってくれていた。信じないはずがない。
「ありがとう。私も頑張る」
「……おう」
自分も、彼のようにサツキと向き合おう。たとえ最良の解決法がわからなくても、サツキの苦しみを受け止めてあげたい。
逃げてばかりだった自分には、そろそろ別れを告げなければならないだろう。
きっとサツキはもう限界だ。そして、そこまで追い詰めてしまったのは、他ならぬ自分だから。
そう思えるようになったのは、亮介と出会ったからだ。彼と出会わなければ、きっと以前のように我慢ばかりして、逃げてばかりの情けない自分のままだったはずだ。
自分を変えるきっかけになってくれた彼が、誰よりも好きだ。
「亮介、好き」
気づけば亮介しか見えなくなっていて、はそう囁いた。そのまま、頬に唇を寄せる。至近距離で、亮介の目が見開かれたのが見えた。
「……わ、にキスされたの初めて。ほっぺただけど」
「え、へへ。何か、したくなっちゃったから」
「――あ、俺も今とちゅーしたくなっちゃった。良いよね? ね?」
「へっ……う、うん」
最初に比べると、慣れてきたキス。だが、それでも最初のときから変わらないことがある。
「亮介の手、熱い」
「そりゃ、相手ですから?」
「そっか」
頬や手に触れる彼の手から伝わってくる温度。それが、彼の本気を表しているようで、その温度に触れるたび、心臓が跳ね上がる。
唇や頬やまぶたや、時には首筋にまで触れる熱。それを受け入れながら、更に望む。
もっと触れて欲しい。どれだけ離れても、時間が経っても、消えることのない熱を刻み付けて欲しかった。
「……りょうすけ」
「ん?」
まるで自分の声ではないような、舌っ足らずな声が出た。頭の中が痺れているような、そんな感覚。
「ずっと私の味方でいてね」
抱きしめられた自分の体も、負けず劣らず熱くなっていた。
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