「亮介!」

 校門をくぐったところで、亮介を発見した。
 父と向き合えるようになった喜びでテンションが上がっていたは、背後から勢いをつけて飛びついた。

「おー、何よ何よ。ちゃん積極的〜」
「亮介、聞いて! お父さんが、ここまで送ってくれたの!」
「え、マジ!?」

 良かったな、と頭を撫でられて、はもう一度亮介に、今度は前から抱きついた。

「亮介が応援してくれたおかげだよ。怖かったけど、頑張って向き合った」

 自分の頭をもう一度撫でようとした亮介の、その手を握り締める。
 何度も、逃げ出したくなった。それでも、最後まで自分の思いをぶつけることが出来たのは、亮介が応援してくれたからだ。その優しさを思い出すたび、部員たちの優しさもまた思い出した。

「見に来るって?」
「ううん、それはわかんない。仕事も忙しいと思うし。でも、何て言うんだろ、久しぶりにお父さんと喋ったって感じがした」
「ん?」
「家族の会話って感じだった。車の中。あんまり喋れなかったけど」

 思い出したように質問をいくつかぶつけられた。父は全ての答えに無関心のようにも見えたが、恐らくきちんと聞いてくれていた。

「これから、また会話が増えると良いなあって」
「そうだな」
「亮介のことも、話せるかもね」
「あー……まあ、時が来たら、な。俺、正直んとこの親父さんと話せる自信ねーわ」

 厳格そうに見えるが、悪い人ではない。
 そう言っても、亮介に一旦植え付けられてしまった苦手意識は簡単には消えないだろう。父が聞いたらどんな顔をするだろうか、と思っては笑った。

「……まあ、なんにせよ、私はもう逃げないよ」
「おう」

 まだ少し、不安はあるけれど。
 手にこもった力から、亮介はそれを察したらしい。反対の手で、背中を撫でてくれた。

「ところで、ちゃん」
「ん?」
「そんな抱きつかれてっと、俺がもう我慢の限界なんですけど」
「……うわ、亮介がちゃんって呼ぶときって、大体ロクなことない」

 言いながら、既に顔を近づけているのだから性質が悪い。
 一方の自分も、照れ隠しの言葉を口にしつつ、目を閉じるのだから、人のことは言えない。もうすっかり、亮介の体温が癖になっている。
 抱きついたときから、こうなるのを期待していた。そう言ったら、彼はどんな顔をするだろうか。
 ――というの思考を遮ったのは、闇夜に響いた二回の拍手音。
 パンパン、という音は嫌味なほどに響いて、二人は触れる直前で動きを止めた。

「はいはい、練習行くぞ」

 まるで幼稚園児の注意を引く保育士のような、慈愛に満ちた目で自分たちを見つめているのは、水沢。どうしようもなく気まずそうな顔をしているのが木山で、その木山の手は、何故か傍にいた土屋の目を覆っていた。
 全く悪びれた様子のない亮介が、苦笑してから離れた。

「子供にはまだ早い、的な?」
「自覚あるんなら、人目につくところでそういうことをするな」

 気を失いたい。あまりの恥ずかしさにはそう思った。


 本来なら誰もいないはずの体育館に張り詰めるのは、緊迫した空気。
 マットの上にいるのは、金子と悠太。そしてそれを見守るのは、日暮里と航と柏木だった。足りないだろうに、それでは、半分も足りない。
 残りの半分のメンバーは、自分たちが呼ばれなかったことに対する腹立たしさと恨めしさを笑みに変えて、体育館へ入った。

「ごめんな、気づけなくて」
「お前らだけで青春してんじゃねえよ」
「僕たち皆で、新体操部じゃないですか」
「今時コソ練なんざ流行んねえだろ」
「まったく、水臭いんだからぁ」

 そのときの、悠太たちの鳩が豆鉄砲を食らったような顔と言ったら。
 全員が揃って初めて、男子新体操部は成り立つのだ、とようやく思い出したか。毎回、誰かが問題を起こしては、笑顔をなくす。そのたびに、全員で乗り越えてきた。
 今回も、悠太たちは現れたほかのメンバーの笑顔を見て、雰囲気を和らげた。
 たとえ跳べるようになったとしても、跳べずに悩んでいたことを教えられていなかったら、素直に喜べないだろうに。だが、頭では話したほうが良いとわかっていても、言えないこともある。自分もまさにそうだったから。

「来てくれたのは嬉しいけど、さん、大丈夫?」

 差し入れを食べている途中に、悠太が窺うような目をしてに尋ねた。
 柏木の差し入れのオレンジを必死になってむいていたは、そういえば、と口を開く。

「平気だよー。お父さんに許可もらったから」
「え、それって」
「うん。とりあえず、部活やることはちゃんと認めてもらった感じ? しぶしぶって感じだったけど、前みたいに嫌な顔はされなくなると思う」

 あまりにもあっけらかんとしていたからだろう。悠太たちは、一瞬だけの言葉の意味がわからなかったようだ。しばらくの間を置いて、何故か全員、頷いた。

「あとはサツキだな」
「うん、むしろそっちのほうが問題なんだけどね。最近、部屋に引きこもって何やってんだか」
「でも、サツキは昔からそうだったよ。何か悩み事があると、俺にもにも話さないで、部屋に閉じこもって。それで結局自分で答えを見つける奴だった」
「まあね。いつも拓に泣きついてた私とは大違いだよね」

 水沢にオレンジを分け与えながら、は笑った。サツキにとっても、きっと今が正念場なのだ。答えを出したとき、昔のような笑顔を見ることが出来れば良い。

「まあ、良いんじゃねえか」

 水沢との会話を聞いていた航が、バナナを頬張りながら口を挟んだ。

「お前は、あいつが自力で立ち直るって信じてんだろ? だったら、別に口出しなんかしなくても、見守ってやりゃ良いじゃねえか」
「航……」
「そうっすよ。で、部屋出てきたとき、ねえさんがいつもどおり笑いかけたら、一発っす!」
「うん、そうだね。それが私らしいよね」

 例え何があっても、自分はサツキの姉で、サツキは大事な弟だ。それは変わらない。きっと、向き合うというのはそういうことだ。
 とりあえず、今日帰ったら、ただいま、と言ってみよう。
 はぼんやりとそう考えながら、オレンジを口に放り込んだ。





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