夜が明けた。
流石に徹夜することになるとは思っていなかったは、これは帰ったら父に叱られるのが決定だな、と思いつつ、あくびをかみ殺した。いくら集中していても、体がついていかなければ、あくびの一つや二つ。頬を叩いて眠気を飛ばし、練習を続けている悠太たちを見つめる。
「よし、じゃあ3人で合わせてみよう」
ついにこのときが来た。一晩中練習を続けて、ようやくたどり着いた。
練習相手になれる部員たちとは違って、自分は見守ることしか出来ない。それがもどかしかった。柏木と顔を見合わせて、頷きあう。
「きっと成功しますよ」
「そうですよね」
信じることだ。
位置についた3人を順番に見て、手を握り合わせる。まるで祈っているかのようだ。誰に祈っているのか、それはきっと、彼らの中にある強さと絆に、だ。
3人がスタートを切る。
それからは、一呼吸の間。
の耳には、小気味の良いリズムが残った。
「――跳んだ」
そしてその光景は、鮮やかに目に焼きついたのだった。
「跳んだねえ」
「跳んだよ」
徹夜明けのけだるさなど、もはやなかった。
交差技が成功した喜びに、眠気は押しやられてしまったのかもしれない。ただ、この後の授業の間までこの効果がもつとは到底思えないけれど。
「なあ、もう今日は帰ろうぜ」
「駄目に決まってるだろ」
「あ、弁当、忘れた」
「忘れたっつーか、持ってたら逆に怖いだろ」
そんな会話をしながら、部室へ向かう途中。は、致命的なミスに気がついた。
「あー!!」
「……、……?」
うるさい、とばかりに顔をしかめた水沢が、を見下ろす。
致命的も致命的。弁当どころの騒ぎではない。
「制服、忘れた!」
「はあ!?」
お前馬鹿だろ、と航に言われた。今回ばかりは反論もできない。全て、もっともです、そのとおりです、と言わざるをえないだろう。学校に来ておいて、制服を忘れるとは。
「長い付き合いだけど、こんなに呆れたのは初めてだ」
「――!!」
「うわ、今の水沢の台詞がとどめだったな」
凍り付いて動かなくなってしまったを振り返って、部員たちがため息を吐き出す。笑いたいが、笑えない。そんな顔をしている者が大半だった。
とにかく、制服がないことには始まらない。一旦帰宅するなり、家に連絡するなり、何か対策をとらなければ。水沢に背中を叩かれて、我に返ったはきょろきょろと辺りを見回した。
「どうしよう、帰る……!? いや、でも」
「連絡したほうがいいんじゃないですか?」
「あ、うん、そうだね……いや、でも、怒られる……!」
「葛藤してるなあ」
ついに悠太が吹き出して、それは全員に影響した。おろおろとしているを見ながら、全員が笑い出す。笑っている場合ではないとわかっていても、笑いは止まらないようだった。
「あんたら、馬鹿?」
たった一言だった。
彼らの笑いは、その一言で凍りついた。
「サツキじゃん」
「どうも」
真っ先に振り返った水沢が、気安く手を挙げる。幼馴染にまで冷たい態度は貫けなかったのか、サツキは表情を強張らせて、会釈した。
それから彼は、自分を睨む航たちを無視して、を見た。
いつもならば、臆することなく睨みつけてくるようなサツキだったが、今日は違った。目を伏せたまま、大きな紙袋を差し出したのだ。
「早く受け取れよ」
「……え、うん」
が紙袋を受け取ったのを確認すると、サツキは逃げるように背を向けた。
まだ、学校内で一緒にいるのを見られるのが嫌なのだろう。
「あ、制服とお弁当」
「何だ、サツキが持ってきてくれたのかな」
「どうだろ……」
恐らく、帰ってこなかったことを心配した母親が、サツキに無理やり持たせたのだろう。きっと会話のきっかけでも作ってやろうという母なりの気遣いだったのだろうが、サツキにとっては迷惑な話だったに違いない。
逃げるように去っていたサツキには、いまだ向き合う覚悟が出来ていないのだ。
そして、それを引き止めてありがとうと言うことさえも出来なかった自分にも。
「まあ、とりあえず、良かったじゃん。ほら、制服もあるし」
「あ、うん、そうだね」
が俯いてしまわないうちに、亮介がゆっくりと肩を叩いてくれた。前を向いて、心配そうに自分を見ている部員たちに笑いかける。
「よし、さっさと着替えて、今日も授業を頑張ろうか!」
「そうだな。まあ、寝るに決まってるけど」
「……まあ、私も寝ない自信はないけど」
今回ばかりは、偉そうなことは言えなかった。既に頭が重くなってきていて、きっと教室で席に着いた瞬間に眠りについてしまうだろう、と思う。きっと皆そうだ。
は、先を行く水沢の袖を引っ張った。
「あのさ、拓。さっき、サツキに声、かけてくれてありがとうね」
「ん?」
「わざと明るく、前みたいに声かけたでしょ? わかるよ」
「……まあ、そうかもしれないな」
考えるような素振りを見せ、水沢が笑う。
きっと彼は、サツキもまた悩んでいるということを知っていて、それに配慮したのだ。以前と変わらない態度をとることで、いつでも戻って来い、待っている、と伝えたのかもしれない。
さすが、長い間一緒にいるだけあって、水沢はとサツキの姉弟をよくわかっている。ちょっとした感情の動きさえ、手にとるようにわかるのだ。
そして、自分にはそんな水沢も、自分の暗くなりかけた気持ちを切り替えさせてくれた亮介も、また、仲間たちもいる。
彼らがいれば、自分はきっと誰よりも強くなれる。
今まで壁を乗り越えてきた部員たちや、今回壁を乗り越えた悠太のように、自分にもその強さはあるのだから。
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