「ちゃんっ」
放課後、は事務室に届いた段ボール箱を、教室に運んでいた。
「亮介」
「何やってんの? 何それ、何?」
「お土産持って帰ったお父さんを迎える息子じゃないんだから」
段ボール箱に興味津々な様子で現れた亮介を笑う。今日一日、授業も休み時間も関係なく眠り続けた彼は、今ではすっかり元気を取り戻していた。
「持って」
「任せろ」
持てないほど重いわけではなかったが、試しに亮介に差し出すと、彼はあっさりと受け取ってくれた。
「新しいTシャツだよ。さっき事務室に行ったら、ちょうど届いてたから」
「マジか。どんなのになったんだろうな」
「さあねえ」
誰も実物を見ていないから、何とも言えない。ただ、完成予想図を見た限りでは、なかなか可愛い出来だった、とは思う。男子部のTシャツがかわいいというのも問題かもしれないが。航や木山があのTシャツを着ているところを想像すると、笑いがこみ上げてくる。
「ところで、俺さ、思ったんだけどな」
「うん、何を?」
「あいつ、お前がそのカーディガン着て学校に行ってるってこと、ちゃんと知ってたんだな」
「え?」
そのカーディガンというのは、亮介に借りたままのカーディガンだ。
サツキが届けてくれた紙袋の中に、何の違和感もなく入っていた。ブレザーは入っていなかった。言われて見れば、制服を届ける場合、普通はブレザーを入れるはずだ。
「お母さんが用意したんじゃないかな」
「でも、それでもさ、お前の家族はお前が思ってる以上にお前のこと見てるってことだろ。お前がそのカーディガンにこだわりを持ってるって、知ってたんじゃねえの?」
「……ああ」
目からウロコが落ちたような気分だった。
サツキだろうが、母であろうが父であろうが、これを用意した人は、普段の自分の姿を見ていてくれたということなのかもしれない。
「亮介、すごいよ」
「俺が?」
「うん、そういうことに気づけるって、すごい」
「まあ、お前がそう言うんなら、俺がすごいってことで」
心底感心した。
きっと誰も気づいていなかったことを、亮介はしっかりと読み取ったのだ。今日は一日中寝ていて頭が働いていないのではないかと思っていたのに。
ただ、ここで調子に乗ってしまうのが亮介だ。
「、俺に惚れ直していいけど、どうする?」
「いや、遠慮しとく」
「えー、何で」
段ボール箱を抱えなおしていた亮介の背中を叩くと、彼はその弾みで箱を落とした。生徒たちの視線が集まる。だが、彼はそんなことには全く頓着せず、良いじゃん良いじゃん、と笑っていた。
そんな彼に、は出来る限りの仏頂面で応戦した。
「あのね、これ以上ないくらい、あんたのことが好きなんですけど」
ただし、言っていることは、その表情とは正反対だったけれど。
一瞬だけ笑顔のまま固まった亮介が、目を泳がせた後、なるほど、と呟く。
「でも、ほら、愛に上限はないって言うし」
「誰が言ったの」
「俺」
「恥ずかしい奴」
そんなやり取りをしながら歩く二人を、生徒たちは生ぬるい目で見送っていた。
ピンクのTシャツを大事に抱えて、は部室の前にいた。
何も考えずに、部員全員分を注文したのだが、火野が素直に着てくれるかどうか。いや、受け取ってくれるかも怪しい。
「入らないんですか?」
「ぎゃっ!!」
「……」
てっきり火野は中にいるものだと思っていたのだが、予想外に背後から現れた。驚いて振り返った拍子にドアノブに体をぶつけ、その場に座り込む。そんな騒がしいを、火野は冷めた目で見下ろしていた。
「あ、あの、火野くん……これ、Tシャツ作ったから」
涙目になりつつ、震える手でTシャツを差し出す。
さっきまで覚えていた不安は、この痛みのせいでどこかに行ってしまったようだ。
「痛い……」
「大丈夫ですか」
「うん、まあ」
火野はTシャツには目もくれず、部室の中に入っていった。やはり、受け取ってくれなかった。
「これ、ここに置いとくね!」
「……」
「ほら、練習着が足りなくなったときに使って」
火野の意見など聞かず、はベンチの上にTシャツをたたんで置いた。ロッカーを開けている火野は、やはり振り返らなかった。
それほどまでに自分たちを拒絶する理由は何なのだろう。
柏木もしきりに心配していたが、火野は誰にも本心を語ろうとしなかった。
「じゃ、じゃあ私はこれで」
今日は徹夜明けということで、放課後の練習は中止になった。黙って抜けてきたので、水沢たちが心配しているかもしれない。
だが、部室を出ようとドアノブを掴んだに、火野が声をかけた。
「――先輩」
「えっ、はい」
「僕の演技、どう思います?」
唐突な質問だった。
開きかけたドアを一度閉め、火野と向き合う。外よりも暗い部室の中で、火野の両目だけがはっきりと見えていた。
「……私は、新体操の良し悪しとかわかんないけどさ、素人だし。でも、皆がすごいって言ってるんだから、すごいんでしょ?」
「……」
「ただ、私の素人考えを知りたいようだから、言わせてもらうけど」
火野の目をしっかりと見つめ返す。
「笑えばいいのに、って思うよ」
それだけだ。
悠太たちは、いつでも笑っている。上手く行けば笑い、上手く行かなくても笑顔で励ましあう。だが、火野は違う。少なくともは、これまで一度も火野が部活中に楽しそうに笑っているのを見たことがない。
「あいつらは、いつでも新体操を楽しんでるよ。火野くんは、違うのかな。もっと笑えば良いのに」
「――あなたに」
突然、火野が僅かに声を大きくした。
だが、それは一瞬の出来事で、彼の声色は結局いつもの大きさに戻った。それでも、声の震えは隠せていなかったけれど。
「あなたに、何がわかるんですか」
尋ねておいてそれはないだろう。
は苦笑して、ドアを開ける。火野は火野なりに、悩んでいるのだろう。そして、彼もまた自分たちのように分岐点に直面しているのかもしれなかった。
いつもならば、自分をただ無視していれば済む話だったのに、わざわざ自分の胸の内を探られるような質問をよこしたり、声を荒げたり。
「わからないって言ったら、教えてくれるの?」
ハッとしたように目を丸くした後、火野はゆっくりと目を伏せた。その動きがずいぶんと悲しげに見えたが、一方でそれは再び彼が心を閉ざしてしまったことを示していた。
それきり、何も言わずに部室を出る。
そして気づく。外に、柏木が立っていた。
「先生」
「あ、いえ、立ち聞きするつもりはなかったんですが」
「いえ、大丈夫です。でも、私には何とも出来ないみたいなんで、先生よろしくお願いします」
「……はい」
これ以上、火野の心に手を伸ばすのは無理だと思った。
だが、柏木になら何とかできるのではないか。は確信もなく、そう感じていた。
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