砂浜に、7つの影が並んだ。
 後ろから見守る木山の隣に並び、は何か眩しいものを見たかのように目を細めた。

「良い仲間を持ったな」
「木山くんもね」
「――ああ」

 短く言葉を交わし、微笑む。
 誰もが航の傍にいることを望んでいた。

「木山くん、ちょっと付き合ってくんない?」
「どこに」
「そこのコンビニ。大丈夫、あいつらはしばらく動かないよ」

 笑顔が好きだ、と言ってもらったことがある。その笑顔に救われる、と。
 だから、自分はどこにいても笑っていたい。自分の笑顔で誰かが救われるなら、喜んで笑い続けよう。そう思っていた。
 もちろん、自分がつらいときにまで、そうやって笑っていたから、亮介や水沢はやきもきするのだろうけれど。

「火野、明日は来ると思うか」
「んー……ここで来なかったら、男じゃないでしょ」
「そういうもんか」
「火野くんにとっても正念場なんだよ」

 コンビニでアイスを選びながら、は木山の問いに答えた。
 一番安いアイスを人数分、籠に放り込んで、レジへ向かう。

「火野くんはさ、あれでいろいろと悩んでたんだと思うな。前にね、聞かれたんだ。僕の演技をどう思いますか、って」

 あの時、自分は火野が何を求めているのかわからぬまま、思ったことを正直に言ってしまった。
 ただ、それは恐らく、間違った答えではなかったのだと思う。
 何故なら、

「火野くん、すごく傷ついた顔してた。笑えば良いのに、って言ったら」

 あのときの火野の表情は、薄暗かったため、はっきりとは見えなかった。それでも、空気が張り詰めたのだ。言ってはいけないことを言ってしまった瞬間に流れるあの空気が、確かにあの時流れた。

「火野くんは、ああいう風に意地張ってるけどさ、きっともともとは普通の男の子なんだよね。お父さんには認めてもらえなくて、お兄さんにも勝てなくて、それだけでもつらかったはずなのに、周りには誰もいなくてさ」

 会計を済ませて、コンビニを出た。
 夕方の空気は、少しだけ冷たかった。

「上手く出来たときに笑ってくれる人も、出来なかったときに笑って励ましてくれる人も、いなかったんだよ」

 自分たちにも、少なからず心当たりがあるはずだ。意地を張って自分の殻に閉じこもって。少し周囲を見てみれば、笑いあう相手など溢れているのに。
 どれだけ孤独な戦いだったのだろう。
 プライドと、優越感で、何とか自分の劣等感を押し殺していたのかもしれない。
 冷たい心を保つことで、自分さえも保っていたのかもしれない。

「航がさ、お父さんを追いかけたのは、無意識だったのかもしれないよ。火野くんを助けることで、自分も救われたかったのかもしれない。それでも、あのときの航の言葉に嘘はないし、火野くんのために頭を下げた気持ちにも、嘘はないんだよ、きっと」
「……あいつは、そういう奴だ」
「そう。だからさ、私は……火野くんが、ここで頑なになってたら、男じゃないと思うのね。例え航のことが気に入らなくても、誰かが自分のために純粋な気持ちでぶつかってくれたのに、それをないがしろにするなんて、許せないよ」

 向き合うのは怖い。それは重々承知だ。だが、絶対に譲れない瞬間というものから逃げれば、本物の負け犬になってしまう。
 火野は、それがわからないほど子供ではないだろうし、捻じ曲がってもいないと思う。

「はい、これが木山くんの分ね」
「悪い」
「あー、お金とかはいらない。これは、明日頑張ってっていうアイスだから。黙って受け取って」

 安物だけど、と笑うと、木山は躊躇った後、受け取ってくれた。気温が少し下がっているので、アイスはまだ寒いかもしれない。そう思いつつ、航の背後に近づく。
 そうして、アイスを一つ、航の頬に押し当てた。

「つめたっ!!」

 完全に自分の世界に入っていたらしい航が、慌てて立ち上がる。
 それをきっかけとして、無言で海を見つめていた部員たちが各々振り返った。

「てめ、何すんだよ!」
「いや、アイス食べないかなと思って」
「普通に渡せよ!」
「まあまあ、そんな怒っちゃ駄目だって。食べる?」

 アイスとの顔を見比べて、航が憮然とした表情でそれを受け取った。
 きっともう答えは出ているはずだ。自分の傍にいてくれる存在を、痛いほどに感じただろうから。
 木山を振り返ると、彼はアイスをかじりながら、微かに笑った。

「これ、私のおごりだから」
「良いのか?」
「その代わり、明日負けたら、お金返してもらうからね。自信のないやつは受け取らないほうが良いかも」

 挑発するように言ってやると、全員が一斉に手を差し出してきた。
 負けず嫌いの集まりだ。何よりも、自分たちの努力と絆を信じているのだろう。彼らの強さは、何よりもここにある。



「明日」
「ん?」

 帰り道、亮介がポツリと言った。
 だが、彼はそれきり何も言わず、目を泳がせた。催促するように顔を覗き込むと、誤魔化すように笑う。

「明日勝ったら、ちゅーしてくれる?」
「……」
「その目をやめて……」

 何を隠しているのかは知らないが、誤魔化し方がいい加減すぎる。
 冷たい視線を送れば、亮介はそれが堪えたらしく、頭を抱えた。

「何か隠してるでしょ」
「別にー?」
「嘘だ、絶対おかしい。まあ亮介がふざけてんのは、いつものことだけど」
「そうそう、いつもどおりだって」

 だから気にするな、と。余計に気にするのだが、亮介が必死に隠しているようなので、それ以上追及しないことにした。

「亮介」
「ん?」

 いまだ目を泳がせている亮介を呼ぶ。ただ、やましいことがあって隠しているわけではないらしい。それは彼の口元が緩んでいることからもわかる。妙なサプライズを用意しているときの人間の態度だ。
 亮介の制服を掴んで、自分は背伸びをする。
 近づいた距離に、亮介が目を見開いたのを、はっきりと見た。
 軽く触れるだけのキスだったが、お互いの感覚を得るには十分で。

「――っ」

 呆然とした様子の亮介から目を逸らす。徐々に体が熱くなって、心臓も高鳴って。コントロールが利かなかったのだ。気づいたときには、触れていた。どうにもならない自分が、怖かった。
 結果、自分からしておいて、は脱兎のごとく逃げ出した。

「えっ、ちょ、!?」
「先払いっ!!」

 鳴り続ける心臓が、痛い。手も足も震えていて、何故か涙まで出てきそうになったほど、混乱していた。
 自分で自分を怖いと思ってしまうほどに、恋をしている。
 そう、自覚するには十分だった。





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