「、足は平気か?」
「うん、大丈夫だよ。もう痛くないから」
「あんまり無茶するなよ? 女の子なんだから」
心配してくれる水沢の気持ちが嬉しいのと、女の子なんだからという言葉が照れくさかったので、ははにかんだ。足の怪我は、どうやら擦り傷で済んだようだ。倒れた場所が枯葉の上だったのが良かったのかもしれない。ぶつけた当初はひどく痛んだが、今はほとんど痛まない。血ももう止まっているだろう。
「おじさんとおばさん、車で来てるんだろ? 一緒に帰ったほうがいいんじゃないか?」
「やだ。拓と一緒に帰る」
「それは……嬉しいけど、後ろからの亮介の殺気が怖いから、亮介に言ってやれよ」
「やだ。亮介の顔とか見れない」
顔を覆う。演技の最中と前後には、全く気にせず亮介と話せていたのに、落ち着いてみるとやはりこれだ。昨日のことを思い出すと、まだ照れてしまう。
「ね、それより、サツキと仲直りできたんだってば」
「もう何度も聞いたよ、さっきから」
「だって、嬉しいんだもん。サツキがね、笑ったんだよ。私のこと、自慢だって言ってくれたの。嬉しすぎて、とろけそう」
「そうだな。俺も嬉しい」
前を歩いていた航が振り返って、笑う。結局何も言わずにまた前を向いてしまったが、彼がその笑顔で伝えたかった言葉を感じ取れた気がした。
「また前みたいに、3人で釣りにでも行くか。それとも、3人でゲームかな」
「何でも良いよ。一緒にいられるだけで嬉しい」
昔は、いつも3人で集まっていた。晴れの日は外を走り回り、雨の日はどちらかの家でゲームに興じて。そんな思い出が、今また目の前に現れたのだ。
「いっそサツキも新体操部に引っ張り込むとか。あいつ、運動神経良いし」
「それは駄目」
だが、は水沢の冗談ともとれる提案を却下した。
サツキが新体操に興味を示してくれたら嬉しいかもしれないが、一緒の部活は、駄目だ。絶対に亮介との仲を邪魔される。二人がいがみ合う姿を思い浮かべ、は首を横に振った。
いつものように、砂浜に踏み込んだところで、前を歩いていた航と悠太が、同時に足を止めた。後ろを歩いていたたちも、足を止める。どうした、と問おうとしたとき、二人が同時に振り返って、笑った。
「行くか!」
「行こう!」
航と悠太だけが納得してしまった――と、は思った。
が、他のメンバーは全員、二人の意図を理解したらしい。全員が揃って、頷いた。
次の瞬間、木山と火野と柏木を除いた部員たちが一斉に海に向かって駆け出した。途中で荷物を放り出し、何の躊躇いもなく、彼らは海に突っ込んだ。
「えええええ」
まだ寒いだろうに。彼らの後姿を見つめたまま、は呆然としていた。
木山も火野も、笑っている。柏木も止めることなく、生徒たちを見守っていた。
「え、良いんですか、先生」
「良いんじゃないでしょうか」
「……そっかな。そっか」
大はしゃぎする部員たちの姿を見ていると、どうでも良くなった。
キラキラと光る海と、彼らの笑顔。それだけで十分だ。
ふと隣を見ると、火野の満面の笑みが目に入る。昨日まで表情を変えなかった彼が、今日はこうして笑っている。今日は、良い日だ。できることなら、彼らと一緒に海に飛び込みたかった、と思うほどに。
「……火野くんの笑顔って、こんなに可愛かったんだ」
「え?」
「もったいないよ。せっかくこんな可愛い笑顔してるんだから。うん、土屋くんの次に可愛い!」
「それ、褒めてるんですか」
「すごく褒めてる。土屋くんには誰も敵わないけど」
火野が戸惑ったように木山を見た後、曖昧に頷いた。きっと木山が僅かに苦笑していたからだろう。
それから彼は、からかうように笑うを見つめて、至極真面目な顔で言った。
「でも、先輩の笑顔のほうが可愛いと思いますけど。土屋くんに負けないくらいに」
「やだ、この子ってば! やめてよ! 恥ずかしいじゃん! 全然可愛くないって!」
「本当ですって。ねえ、木山さん」
「そうだな」
「木山くんまで!!」
二人揃ってからかうものだから、の顔は真っ赤に染まってしまった。
火野も木山も、以前の彼らからは考えられないほど、楽しそうに笑っていた。そんな二人に気づいたのか、航たちが駆け寄ってきて、二人の手を引っ張った。
「行こうぜ!」
「何二人だけかっこつけてんの」
「こういうときは、皆で楽しむのが良いんすよ!」
二人を引っ張っていく航たちが、真っ赤になっているを見て、首を傾げた。
「どうかしたのか?」
「航、この二人を思いっきり海に突き落としてやって……」
「何!? お前ら、に何したの! 俺を差し置いて!」
「別に、何もしてませんって」
航と日暮里が、木山と火野を連れて行く。亮介だけが残って、の手をとった。
やはりまだ少し恥ずかしい。亮介の目を見ることが出来ず、俯く。
「も飛び込めれば良いのにな」
「遠慮しとく」
亮介の手は、海水に濡れているせいで、冷たかった。自分に触れる彼の手が冷たいのは、初めてかもしれない。そんなことを思っていると、亮介が自分の手が濡れていることに気づいたのか、慌てて手を離した。
「良かった、喋ってくれて。水沢とばっか話してっから、俺のこと忘れたかと思った」
「そんなことない。ただ、ちょっと……」
恥ずかしくて。
そうは言えず、は言葉を濁す。だが、亮介もわかっているのだ。彼は一人納得したように笑って、頬に伝う海水を拭う。髪の毛から、水が滴っている。
少しでも、彼らと同じ気分を味わいたい。
そう思ったのと同時に、体が動いていた。亮介の髪の毛に触れ、指を濡らす。
一瞬だけ、見つめあった。が、亮介は、すぐにふざけたように笑って首を傾げた。
「あ、どうせなら、昨日の先払いのことは忘れて、ここは一つもう一回?」
「馬鹿!!」
柏木が隣にいるのに。
たかがキス、されどキス。
今までまともな恋愛をしたことがなかった自分には、ハードルが高すぎる。亮介はいろいろなことを教えてくれたが、それに慣れるかは別だ。
「もう、さっさと行け! そして転べ!」
「もう濡れてるけど。あ、でも全身ずぶ濡れになったら、ちゃんのこと抱きしめられなーい」
「うっさい! もう戻ってくんな!」
「ひどい!」
二人のやり取りを聞いていた柏木が、笑っていた。
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