関東大会出場も決まったということで、新体操部は女子部も男子部も気合を入れて練習に向かっていた。
「でも、本当に男子が関東大会出場を決めちゃうなんてねー」
「ほんと、始めたときは絶対無理だと思ってたのに」
女子部の部室では、今日も明るくそんな話題で会話が為されていた。
彼女らも、男子部に対する嫌悪感などを――多少は表に出すこともあったが、最近ではもうすっかり受け入れてくれていて、ほとんど顔に出さない。人は変われるし、信頼を勝ち取ることができる。男子部のメンバーを見ていると、そう思えた。
彼らは、本当に変わった。
そして、そんな彼らと接するうちに、自分も変わった。
一人だけ違うジャージを着ながら、は得意げな笑みを浮かべた。
「奇跡じゃない? ど素人が、関東大会に出場って」
「そうよね、良く考えたら、あいつらに新体操教えたのって、竹中たちでしょ?」
「指導者もいないのに、良くあそこまで成長したよね。これからも、指導者を呼ぶ予定はないの?」
「え? あー……考えたことないなあ。どうなんだろ」
話を振られて、首を傾げる。
彼らはいつも自分たちだけで壁を乗り越えてきた。そう言われれば、これまで専門の指導者なしで技能を身につけてきたのは、すごいことなのではないだろうか。
アドバイスなら、経験者組だけでも事足りていたからだろう。誰も指導者のことは口にしたことがないように思える。
あとで水沢に尋ねてみよう。そう思いながら部室を出て、男子部の部室へと向かう。
その途中。
「姉ちゃん」
「あ、サツキ。何?」
ふらりと目の前に現れたのはサツキだった。
仲直りはしたし、家では仲良く喋る。だが、この年頃だと、外で姉と仲良くするのはやはり恥ずかしいのかもしれない。以前のように無愛想な表情で、彼は言った。
「今日、帰り遅くなる?」
「うーん、わかんないかな。何かあるの?」
「いや、母さんが今から夕飯の買い物に行くけど、また東さんちでオムライス食べてくるかもしれないから聞いて帰って来いって」
「メールしてくれればいいのに」
と、言いつつわかってしまった。
母も、二人が仲直りしたのが嬉しいのだ。だから、わざわざサツキを寄越した。きっとサツキも気づいている。
「わかんないから、練習終わったら連絡するよって言っといて」
「わかった。あ、遅くなるんなら、ちゃんと拓くんに送ってもらえよ」
「……まあ、亮介の気分によるけどね」
拓くんに、というところを強調されてしまったが、何食わぬ顔で亮介の名前を出す。
サツキは相変わらず亮介のことを良く思っていないようだ。同じような髪の毛の色をしているくせに、まるで亮介だけがおかしいかのような口ぶりなのだ。
「サツキも、あんまり遅くならないように帰りなさいよ、遊びまわってないで」
「わかってるよ。うっさいなあ」
「こら、お姉ちゃんに向かってうるさいとか言わないの」
「自分でお姉ちゃんとか言うなよ」
呆れたように笑って、サツキは行ってしまった。
そして入れ替わりにやってきたのが、火野だった。
「今の、弟さんですか?」
「うん、そうだよ」
火野から話しかけてくるのは珍しい。いつものようにそう思ってしまったが、慌てて打ち消す。火野も、もう変わったのだ。
「兄が――弟さんと知り合いだったみたいで」
「え? 火野くんのお兄さんと?」
「はい、僕もよく知らないんですけど、家出中だったときに会って話した、とか」
「家出……? ん? もしかして、あの時の人、火野くんのお兄さん!?」
サツキが家出したとき、発見した公園で彼と一緒にいた見知らぬ青年。あの時は名前も聞かずに別れてしまったが、まさか火野の兄だったのだろうか。
「うわー……偶然だねえ。あの時はありがとうございましたって、伝えといてくれる?」
「……兄が、今度帰ってきたときには」
「そっか」
火野もまた、不仲だった父親と和解したらしいし、苦手意識を持っていただろう兄に対する態度も変えたのかもしれない。
「部室に行くんですよね? 行きましょう」
少し気まずげに目を逸らした火野が、話題を変えた。
そうして、彼ははっきりと言ったのだ。
「――さん」
いまだにサツキを目で追っていたは、首を捻りそうになるほどの勢いで振り返った。
今、火野は間違いなく自分の名前を呼んだ。
以前は頑なに、先輩、と呼んでいたというのに。
「えっ、火野くん、今」
「行きましょう」
「もう一回言ってよー。すっごく嬉しい」
「行きますよ」
顔が赤くなっているのかもしれない。
絶対に振り返ってくれない火野を追いかけて、は階段を駆け上り、彼と一緒に部室へ入った。
「火野くーん、もう一回、もう一回、ね?」
「もういいじゃないですか」
「まあいっかー。これから、いくらでもチャンスはあるしね」
部室内には、部員たちが勢ぞろいしていた。柏木はまだいなかったが、他のメンバーたちはどうやら火野を待っていたようだ。
「おせぇぞ、ひーの」
「……ちょっと走ってきたんです。先輩たちの練習だけじゃ、物足りないんで」
一緒に演技したときから、彼らの距離は縮まっていたのだ。
相変わらず素直ではない態度をとる火野だったが、部員たちはもう彼を受け入れていた。仲間だ、と。
航が階段を駆け上がってくる。そして彼は、毎度のように指を突きつけた。
「てめーにはぜってぇ負けねえからな!!」
その指を見つめた火野が、にこりと笑った。
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