「ダンス部のほうは、航たちに任せたんだけど……やっぱり心配だから、さん、航たちと一緒に行ってくれないか?」
「うん、そうだね、心配だね。あいつらに交渉できるわけないし」
「……だよな」
というやり取りをしたのが、昼休み。
そして現在、放課後。顔を上げると、航たちはいなかった。
「しまっ……! しまった!!!」
すっかり忘れていた。
今日の放課後は、航たちの監視役としてダンス部に出向く予定だったのに。気づけば彼らは一人もいない。きっと彼らだけで行ってしまったのだ。
「どいてどいてっ!! ダンス部の人たちの命がかかってるの!」
廊下を疾走するを、誰もが唖然とした表情で見送ってくれた。
命が、というのは大げさな表現ではないような気がする。もちろん、航たちはもう暴力など振るわないが、ダンス部の人間にとっては、それだけの威圧感を与えるに違いない。
校舎を飛び出して、ダンス部がいつも踊っている中庭に向かう。
航たちが、ダンス部の顧問を通して依頼するはずがない。絶対に直接交渉に行っているに違いないのだ。いや、交渉ですらない、かもしれない。
「遅かった……!」
見えたのは、部長を筆頭に縮こまるダンス部のメンバーと、それに対峙する航たち。
本人たちに脅す気などないのだろうが、どう見ても恐喝現場にしか見えない。
「航!」
「おう、! ちゃんとダンス部と約束してきたぞ」
「約束、ほんとに?」
「快く頷いてくれた」
航の言葉を疑っただったが、続いて木山がそれを肯定したため、とりあえず疑いを解いた。
ただ、快くというのは嘘だろう。木山にはそう見えたのかもしれないが、恐らくダンス部は頷くしかなかったのだ。航たちに何かを頼まれて、きっぱりと断れる人間がいるだろうか。
「、行こ」
「あー、先行ってて。とりあえず、ダンス部の人たちに私もお願いしてくる」
「じゃあ俺も」
「あんたは来なくていい。練習してなさい」
ついてこようとした亮介を押し戻す。
彼らに悪気はない。だが、一般人にとってはまだ恐れの対象であるということを、わかっていない。
それは、彼らと仲良くしている自分にとっては、寂しいことだ。
だが、だからこそ、彼らがこれ以上の誤解を受けないよう、精一杯のフォローをしてあげたい。彼らに助けられたのは、他でもない自分なのだから。
「町田くん、ごめんね」
「いや……」
「あいつら、人に頭を下げるってこと、まだわかってなくて。悪い奴らじゃないんだけどね、その、ほんと、怖がらせたみたいで、ごめん」
ダンス部の部長である町田とは、去年まで同じクラスだった。それほど会話したことはないが、仲が悪いわけでもない。こうしてきちんと話すのは、初めてかもしれないが。
「あのさ、さん、悪いんだけど……」
「え?」
「やっぱ、ほら、俺らには荷が重過ぎるっていうか。最近は丸くなったみたいなこと言われてっけど、普通に考えりゃ怖いだろ。何されるかわかんねえし」
彼らの気持ちも、わかる。
航たちと出会った頃、自分も似たようなことを考えて、遠ざけようとしていた。
だからこその、この胸の痛み。
「……そっか」
「ほんと、悪い。竹中たちが頑張ってんのは知ってるけどさ」
「ううん、いいの。気にしないで。でも、ほんと、悠太くんたちだけじゃなくて、航たちも頑張ってるの。あいつらが怖いっていうの、わかるけど……でも、悪い奴じゃないんだ」
もしかすると、彼らの中には、航たちに脅された人間もいるのかもしれない。今でこそ仲が良いが、新体操部に入ってきた頃、彼らは散々悠太たちを脅かしていたから、わかる。
悪い奴じゃない、というのは、ただの言い訳にしか聞こえないだろう。
「悪い、竹中には、俺からも断っとくから」
「うん。大丈夫、航たちには私からも言っとくから。ごめんね、邪魔して。頑張って」
町田に手を振って、踵を返す。
涙は出なかったが、ひどく悲しかった。
航たちに何と言えば良いのだろうか。彼らも人間だ。自分たちのせいで断られたと知ったら、傷つくだろう。特に、新体操に真剣だからこそ。その新体操の障害になっていると思うかもしれない。
しばらく考えたが、言葉は見つからなかった。
「亮介?」
「ん、あ、。なになに、ダンス部との話、終わった?」
「あ、うん、一応」
部室へ戻っていると、同じく部室へ向かおうとしていた亮介と会った。飲み物を買いに行っていたらしい。
「何かあった?」
「は?」
「目ぇ合わせてくれないし」
そんなつもりはなかったのだが、やはり隠し事をしている気まずさから、視線を外しがちになっていたのだろう。敏感に悟った亮介が近寄ってきて、顔を覗き込んだ。
「亮介、手、出して」
「ん? ほら」
差し出された手を、握る。
突然のことに面食らったらしい亮介が、とっさに周囲を見回した。
「え、何、?」
「亮介の手、温かいから、好き」
表面は恐ろしく見えるかもしれないが、近づいて触れ合ってみると、彼はこうも温かい。
決して温かさだけで出来ているわけではないが、彼はいつでもこの温かい手で励ましてくれた。
「照れるだろ、何なわけ」
「思っただけ」
「ま、俺の温かさ知ってんの、だけだけどねー? 何なら抱きしめてあげよっか」
「遠慮しとく」
亮介の温かさを、知ってほしいような、知ってほしくないような。
きっと他の女の子が知っていたら、自分は醜く嫉妬するのだろうと思う。
だが、せめて知識だけでも。亮介が――航たちが、本当は温かい心の持ち主だということに、気づいてくれれば良いのに。
「行こっか、部室」
「そうだな。今日も航が張り切っちゃって」
「亮介も頑張ってよ」
「がそう言うなら、頑張っちゃおっかなー」
手は離してしまったが、温かさだけは残されていた。
だから、思う。誰が彼らのことを怖がろうと、理解しなかろうと、自分たちは絶対に彼らの仲間だ。
彼らがいたから、ここまで強くなれたのだから。
わかりきっていたことだ。笑う亮介を見上げて、は心からの笑みを浮かべた。
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