「柏木先生って、何かスポーツとかやってなかったんですか?」
「え? どうしたんですか、いきなり」
新しい演技に行き詰った部員たちにかわって、柏木がこれまでの関東大会の資料を集めることになった。
体育館にいても、特に何もすることがない。そう思っていたとき、柏木がそう言い出したので、も手伝うことにした。この場は、土屋だけでも何とかなるのだ。
「いや、何となく思っただけです。学生時代とか、部活やってなかったんですか?」
「……ええ、まあ」
「そうなんですねー。じゃあ、運動部の顧問って、大変ですね」
「そうですね、わからないことだらけで」
同じだ。
今まで全く部活に縁もなく、新体操の知識も全くない。そんな自分と柏木は、境遇だけでいうと良く似ている。
「私も、拓――水沢くんにいろいろ教えてもらっても、わかんないことばっかりです。体育館には土屋くんがいれば何とかなるし、って思ってたら、つい足が遠のいちゃったりして。気づいたら部室の掃除とか、部費の計算とか、そういうことばっかりしてて」
「いえ、さんは、立派なマネージャーですよ」
「やだ、それを言うなら柏木先生だって、立派な顧問ですよ。先生がいるから、皆も安心して部活できるんですし。あいつら、いつも問題ばっかり起こしてるのに、先生はずっとフォローしてくれてますし」
柏木が、裏でどれほど動いているのか、わからないほど子供ではない。
いつも生徒の様子に気を配り、何かあれば優しくフォローしてくれる。そんな柏木を、部員たちも慕っているはずだ。
「お互いいろいろと、考えちゃいますね」
「そうですね」
それでも、自分たちにできることをやっていくしかないのだ。
たった一人だった自分に、居場所を与えてくれた彼らのためにも。
「そろそろ練習も終わる時間ですね。さん、後は僕がやっておきますから、そろそろ良いですよ。皆さんと帰るんですよね」
「あ、ほんとだ。じゃあ私、家でもちょっと調べておきますね」
「はい、頑張りましょう!」
広げていた新体操の本を片付けて、立ち上がる。
頭を下げて職員室を後にすると、柏木は人懐こい笑顔で見送ってくれた。
本当に、いい先生だ。彼以外に、男子部の顧問はいない。彼でなければ、務まらないのだ。何故なら、自分たちが柏木以外の顧問など、考えられないと思っているからだ。
「あのさー、?」
「ん?」
帰り道、亮介がぼんやりと口を開いた。
「今日さ、部活始まる前、元気なかったじゃん?」
「え? あー、うん」
「ごめんな」
ドキリとした。
亮介たちを、気に病ませたくない。そう思っていたのに、亮介は気づいてしまったのだろう。
誤魔化すように笑う。
「何が?」
「とぼけんなよ。お前、ダンス部に断られたから、元気なかったんだろ」
「……」
少しだけ強い口調で、再度問いただされた。
個人的には、あの時亮介と話したことで、解決したつもりだったのだ。謝られても、困るだけだ。
きっと、悠太たちも同じことを言うだろう。
「亮介は、悪くないよ。いや、まあ昔の亮介が悪かったんだろうけど」
「……そうだよな」
「でも、今の亮介は悪くないよ。だから気にしなくていいの」
昔のことを後悔しても、今更どうにもならない。だからこそ、今をしっかりと責任を持って歩まなければならないのだ。
それに、亮介も変わった。
ずっと守ってくれたのは、亮介だ。
「あの時も言ったよね。亮介の手、温かいから好きなの。他の人はまだそれを知らないけど、いつかわかってくれるよ。誰より、私たちが一番知ってるから」
「……ん」
「私がちゃーんと言っておいたから。亮介たちは、悪い奴じゃないって。頑張ってるって」
だから元気出して。
亮介の肩を叩くと、彼は柄にもなく、泣きそうな顔をした。気持ちが膨らんで、止められなくなったのだろう。彼は、帰り道だというのにも関わらず、思い切り抱きついてきた。
「……! 好き!」
「うわ、ちょっ」
「こら」
が、すぐに襟首をつかまれて引きずり戻されてしまった。
水沢だ。
そう、この帰り道、決して二人きりだったわけではないのだ。新しい演技について話し合っている部員たちの後ろを、二人が少し離れて歩いていただけ。
「皆いるから」
「チッ、目ざとい奴だな」
「拓、そのまま亮介捕まえといてね。油断も隙もないんだから」
気を遣って後ろを振り向かないようにしてくれていたらしい部員たちが、苦笑いをしてようやく振り返った。
「とか言って、ねえさん、亮介さんのこと大好きなくせにぃ!」
「日暮里くん?」
「すみません!」
確かに亮介のことは好きだ。が、たまに人の目を気にしないときがあるから、厄介だ。
大声で好きだと叫ばれた自分の身にもなってほしい。
「水沢、もうしないから、離して」
「でもが押さえとけって言うし」
「ちゃーん、ごめん、すげえ歩きにくいから、助けて」
「しょうがないなあ」
解放された亮介は、結局の隣に戻り、水沢は苦笑して、悠太たちの中へ戻っていく。
「、俺らのこと、守ってくれてありがとな」
「ん? いつも私が亮介に守られてるからね」
たまには、亮介のことを守りたい。
亮介だけではない。航たちにも、ずっと助けられてきたから。
「お互い様って奴だよ」
「ま、そっか」
「私も、亮介のこと、大好きだからね。当たり前のことだよ、守るのは」
ようやく自分にも、他人を助けられるだけの余裕が出てきたのだ。亮介のことも、部員たちのことも、今までもらった分だけ、助けたい。
新しい演技について白熱した議論を繰り返している部員たちを盗み見て、亮介がそっと手を差し出す。
「こら」
「ばれないばれない」
「えー……じゃあ、ちょっとだけね」
他の部員には気づかれないように、静かに手を重ねた。
夜が暗くてよかった。そんな当たり前のことを思って、は目を伏せた。
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