「本当によかったわ、ちゃんが戻ってきてくれて」
放課後のオムライスも、久しぶりのように感じる。
いつものようにカウンター席に座って奈都子と会話をしていると、亮介が近寄ってきて隣に座った。奈都子はそんな彼を見て、からかうように笑う。
「全く、ちゃんが辞めるって言い始めた日の夜、航と亮介ってば、ここに座ってぐったりしてて、悪いものでも食べたんじゃないかって心配したんだから」
「そうなの?」
「そういうこともあったような、なかったような?」
「都合の悪いことはすぐ忘れる頭みたいですよ、亮介の頭は」
奈都子と視線を合わせて、今度はも笑った。隣の亮介は、聞こえていないふりに徹することに決めたらしい。何食わぬ顔でグラスの中の氷をかき混ぜた。
「まあでも、今回のことは私も悪かったんです。ほんと、申し訳ないなって思ってたんですけど」
「まあまあ、もう忘れていいじゃん?」
「って亮介が言うんですよね」
「だったらもういいじゃない。柏木先生も戻ってきて、ちゃんと全員揃ったんだから」
さっき奈都子が並べた12体のキューピー人形に軽く触れて、は顔を綻ばせた。
それから、投げ出していたシャーペンを握りなおして、置きっぱなしだったノートを開く。
「で、は何やってんの?」
「見てわかんない?」
「まあ勉強だろうけど。今日くらいさあ、もういいだろ」
「そういうわけにはいかないでしょ」
無理やりノートを閉じようとする亮介の手を叩いて、気づく。もしや、彼らは忘れているのではないだろうか。
「ねえ、亮介」
「ん?」
「来週からテストって、覚えてる?」
「……ん?」
勝手に教科書を捲って眉間に皺を寄せていた亮介が、首を傾げた。
恐らく覚えていなかったのだ。そう理解して、は思わず亮介と同じ表情になってしまった。
「あ〜、テストね、テスト。……マジかよ、知らなかったし」
「知らなかった!?」
「あ、いや、忘れてた、忘れてたんだって。だーいじょうぶ、なあ、航?」
「ん?」
振り返った航もまた、何の話だ、と首を傾げる。
嫌な予感が全身を駆け巡る。
むしろ首を傾げたいのは自分のほうだ。
「えっ……もしかして、皆」
きょとんとしている部員たちを見て、浮かんだのは半笑いだった。
最後の望みを懸けて水沢を見れば、彼は完全に目を泳がせていた。
「そうか……来週からテストかー」
「拓……今までにないほど棒読みだよ。ってか、皆覚えてなかったの!?」
戻ってきて早々、こんな場面を目の当たりにするとは。
「僕は覚えてましたよ」
「僕も」
かろうじて金子と火野が覚えていたものの、この二人に関しては、成績の心配などないだろう。もともと心配していない。
「しまった……」
「先生!?」
「問題を作るの、忘れてました……」
柏木まで頭を抱えてしまったら、もはや笑うしかない。
新体操のことしか考えていない彼らのことは放っておいて、は自分の勉強に集中することにした。
「あ、そうだ、亮介」
帰り道、もうすっかりテストのことなど忘れてしまっている亮介の袖を引っ張る。
「言い忘れてたけど、テストで赤点とったら、部活停止らしいよ?」
「ん? ああ、そういやそんなことも聞いたような」
「余裕だね」
「俺はこれでも赤点とったことないしー」
これで亮介は意外と頭がいい。というよりも、要領がよく頭も回るのだろう。
海に向かって石を投げ込み、亮介は楽しそうに笑っていた。
「じゃあ、一応勉強はしてるんだね」
「まあ、テスト前日に少しだけ? 卒業できなかったら困るし、航みたいになんのも嫌だし?」
「まあ、航が単位足りなかったおかげで、亮介は新体操始めたわけだけど」
「それとこれとは別ってことで」
自分が心配するまでもなく、亮介も一応のことは考えているらしい。
彼がそれでいいと思うのならば、最低限の努力であっても、テストをパスできれば問題ない。口出しするつもりもない。
「でも、はそういうわけには行かないわけじゃん? だから、俺は決めました」
「何を?」
「テストが終るまで、メールも電話もしない。これでどうよ? 愛されてるなあって思わねえ?」
「……思ったことにするよ、じゃあ」
口調はふざけているが、恐らく本気だ。本気で、彼は自分のことを気にかけてくれている。
嬉しいのと、申し訳ないのと、二つの感情が混じりあう。
「亮介は、それでいいの?」
「まあ、たまにはな。正直、最初はにテストのやまとか教えてもらえば楽勝じゃね? とか思ってたわけ。でもさー、そういうのって、何つーの? は頑張ってんのに、俺はそれを利用して、ずるいじゃん」
亮介は、本当に変わった。出会った頃ならば、何も考えずにテストのやまを教えろと迫っていただろう。
「だったら、亮介も一緒に勉強する?」
からかうようにそう言うと、彼は苦笑いして両手を挙げた。
「それは勘弁。みたいにはできないって。見てるだけならいいけど」
「見てるだけって。私が落ち着かないよ」
「だって俺、ちゃんと一緒にいられるだけで楽しいですからー」
「うわあ……」
「そこでひくなよ!」
一歩下がったの手を、亮介が強く掴んで引き寄せる。その温度を感じるのも久しぶりに感じて、思わず彼を見上げた。月明かりでも、彼が嬉しそうに笑ったのがよくわかった。
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