部室へ向かっていると、視界の端に見慣れた派手な色が映った。
見れば、マネージャーのが突っ立っていた。彼女はさっき、体育館を出て行った月森と日暮里を追いかけていったはずだ。彼らの姿が見つからず途方に暮れているのだろうか。そんなことを思いながら、近寄る。
どうした、と声をかけようとした時だった。
木山は気づいてしまった。彼女が呆然としたまま、大粒の涙をその瞳から零しているということに。
彼女の涙は、何度も見た。嬉しい時も悲しい時も、感情が昂ぶるごとに、彼女は泣くのだ。うれし涙ならば、微笑ましいものだ。だが、彼女は今、明らかに傷ついて泣いている。
「……?」
躊躇った挙句、恐る恐る声をかけた。
水沢もいない今、彼女を慰められる人間は恐らくいない。彼女を傷つけたのは、間違いなく月森なのだろうから。
振り返った彼女は、また一粒涙を零した後、慌ててそれを拭った。
「木山くん……ごめんね、邪魔だね」
「いや……どうかしたのか?」
「あっ、いや、別に何でもないんだけど」
何でもないはずがないだろう。
それでも彼女は、いつでも頑なに感情を隠す。抱え込みすぎて、一度は部活をやめると言いはじめたこともあったほどなのだ。
「月森か」
「……ううん、亮介は悪くないよ。私がね、ちょっとめんどくさい女で、ほんと、ごめんって感じで」
「泣かせといて、悪くないってことはねえだろ」
どこまでも、月森を庇うつもりなのだろうか。自分が悪いと言い聞かせることで、何を守るつもりなのだろう。
もどかしい。そう感じると同時に、妙な感情が湧き上がった。怒りのような――いや、怒りとも少し違う。今までに感じたことのない感覚だった。
「何があった?」
「……難しいね、守るって」
悲しげな笑みを浮かべて、彼女は言った。
「亮介のこと、助けたいって、守りたいって思ってたのに、亮介が苦しんでたことにも気づかなくて……今更、話してって言っても、遅いよね。ウザイって言われた」
言葉が見つからなかった。
やはり怒りに近いかもしれない。月森が何を考えているのかが、わからなかった。彼女は、こうして泣くほど自分を追い込んでいるというのに、心配してくれた相手に、ひどい暴言だ。
月森が今置かれている状況には、同情する。無実とはいえ、自分のせいで辞退させられるかもしれないのだ。
だが、だからといって、他人を――彼女を、傷つけていいはずがない。
「私、どうすればいいのかな……。何やっても、ウザイって言われそうで、怖いよ」
そう言って、彼女は再び涙を流した。
いつもこうだ。
彼女は、人のために苦しみ、涙を流す。何もできないと言っては泣いて、解決しては泣く。そのくり返しでここまで来た。
部員の誰もが、彼女に救われてきたはずだ。もちろん自分もその一人であって、あの時、彼女が噂を信じずに笑いかけてくれたことが、どれだけ救いとなっていたか。頑なに他人を拒絶していた自分は、あの時、今の月森と同じように、彼女を傷つけてしまったが。
「お前は、そのままでいいんじゃねえか」
「……え?」
「俺も、水沢も、火野も、お前がしつこいくらいに近寄ってくれたから、今ここにいるんだろ。他のやつらだって、お前に救われた。もしお前が変わっちまったら、俺ら全員、月森のこと、許さねえよ」
「私は、別に……」
彼女が何もしていないと言うのならば、それでもいい。
だが、どんな些細なものであっても、彼女に笑顔を向けられた人間は、それを忘れられなくなるだろう。あの笑顔が、皆を救っていたのだから。
「金子だって、さっきまでとは、明らかに顔色が変わってたぞ。ずっと真っ青な顔してたけど、お前に休めって言われて、安心したんじゃねえか」
「……そっか」
鼻をすすった彼女は、ぼんやりとした目で体育館のほうを見た。今頃、残ったメンバーで今後のことでも話し合っているのだろう。誰かが体育館から出てくる様子はなかった。
「お前、月森のことを、どうしたいんだ」
「どうって……?」
「このままでいいのか? あのままじゃ、あいつはますます孤立するぞ」
彼女は、力強く首を横に振った。
流れた髪の毛は、今朝月森が、楽しそうに梳かしていたものだ。きっと彼も、彼女といるだけで、疑われているという状況など、忘れられたに違いない。救われていたはずなのだ。それなのに、何故彼女を傷つけるような真似をしたのだろうか。
「だったら、やることは一つじゃねえか」
「……ん」
「ウザイって言われても、あいつと一緒にいてやれ。守るってのは――」
無意識に、彼女の頭を撫でた。
「自分が傷ついてでも、何が何でも、相手の傍にいてやることだ」
親友一人守れなかった自分が言う台詞ではないかもしれない。
それでも、この形見のブレスレットは、親友が自分を守ってくれた証だ。だからこそ、言える。
「木山くん……かっこいい」
「は」
「普通の男子高校生は、そんなこと言えないよ。やっぱ木山くんはかっこいいなあ」
どうやら彼女は、冗談を言っているつもりではないらしい。
どういう反応をしていいかがわからず、無言で彼女を見下ろす。
「ありがとう、木山くん。そうするよ。明日からも、私は亮介と一緒にいる」
「……ああ」
何となく、釈然としないような、そんな気分になった。
だが、どうでもいい。
彼女が、ようやく笑ったのだから。
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