目が覚めると、隣に亮介が寝ていた。
手はしっかりと繋がっていたが、それ以外におかしなところはない。
「……ん?」
おかしい。
この部屋は本来、亮介と航の部屋だ。だが、隣のベッドを見ても、誰もいなかった。サイドテーブルの上にあるのは、この部屋の鍵だろうし、これはまさか。
「航を締め出した……!?」
ベッドから飛び降りて、ひとまず鏡の前で軽く髪の毛を整えた。
それから、寝ている亮介を振り返る。申し訳ない。一晩同じ部屋にいておいて、何もさせなかったのだから。そっと近づいて、頬にキスをした。
「よし!」
何がいいのかはわからないが、とりあえず部屋を出ることにした。まずは、部屋に戻って朝帰りの事実を茉莉に口止めしなければ。
そうして、ドアを開けたは、そのまま硬直した。
「……おはよう」
通りすがりの悠太と水沢が、目を丸くしてを見つめていたのだ。悠太はともかく、水沢はまずい気がする。は彼が部屋番号を一瞥したことに気づき、愛想笑いを浮かべた。
そして、ドアを閉めた。
「どっ、どどど、どうしよう……! 絶対誤解された!」
ここが亮介の部屋だということを、水沢は知っているはずだ。他の誰に誤解されても構わない。だが、水沢にだけは誤解されたくない。昨日のいきさつを話すにしても、一緒に過ごしていたことには変わりない。どうやってごまかせば良いのかが本当にわからない。
恐る恐るドアをもう一度開ける。
悠太はいなかったが、水沢は向かいの壁に寄りかかったまま、そこにいた。
「拓、誤解!」
冷たい視線に耐えきれず、水沢を揺さぶる。きっと彼が想像しているようなことは何もない。
「私、昨日、あまりにも眠くて」
「それで亮介の部屋で寝たわけだ」
「いや、ほんと、やましいことは何もしてないの! そんな、みんなと一緒の日にそんなことするわけないじゃん! 私はそんな馬鹿じゃない!」
必死に弁解して、水沢を見つめる。
「別に、と亮介は付き合ってるんだから、何しても勝手だけどさ」
「……うん」
「というか、亮介が何もせず大人しくしてるほうが怖い」
「まあ、うん」
ただ、と水沢は深くため息を吐き出した。
「昨日一晩、航の相手してた俺たちの身になってくれよな」
「航、どうしたの?」
「亮介に閉め出されて、完全に拗ねてた。里中さんのこともあるし、亮介ばっかり幸せでずるいって」
思わず吹き出しそうになったが、こらえた。茉莉はすっかり火野に夢中だし、諦めきれない航は恐らく生殺しだ。その上、一番の理解者である亮介が、自分を無視して彼女に夢中になっているのだから。孤独感やら疎外感やら妬みや僻みで、大変だろう。
「で、亮介は?」
「寝てたよ。ほんとに、変なことはしてないからね!」
「俺は信じるけど、みんなはどうだろうな。その首、何とかしたほうがいい」
「首?」
首を傾げたに、水沢は朝ご飯に遅れるな、と言い残して去っていった。
入れ替わるように、ドアが開いて亮介が顔を出した。
「、航は?」
「あんたまで寝たから、航は拓たちの部屋で寝たらしいよ」
「あ、やべ。俺が鍵持ってたんだ」
亮介は前髪をかきあげて、顔をしかめた。
ドアを叩けば起きたのに、と言っているが、航もそこで察することができないほど子供ではないだろう。何せ、何もしていないとはいえ、中でと亮介が仲良く寝ていたのは確かなのだから。気まずい思いはしたくなかったのだろう。
「私、部屋戻るわ」
「ん、昨日はごめんな」
「別に、良いけど。こっちこそ、何かごめん」
いくら眠かったといえ、付き合っているとはいえ、無防備に寝てしまったのは悪いと思う。亮介の肩を叩いて、背を向ける。しばらくは気まずさでぎこちない態度しかとれないかもしれない。
そんな居心地の悪さを感じながら、部屋のインターホンを鳴らすと、すぐに茉莉が出てきた。
「ちゃん、ごめんね! 昨日、私が鍵持ったままいなくなっちゃって」
「ううん、いいよ」
「どこで……ちゃん」
どこで寝たのか、と尋ねようとしたらしい茉莉が、中途半端に言葉を切って、を見つめた。
「ん?」
「ちゃん、すごく言いづらいことなんだけどね、首のとこ……」
「は? ……首、って、まさか!」
水沢も、首に気をつけろと言っていた。茉莉が頬を染めてしまった様子から、はすべてを察した。
部屋に飛び込んで、鏡の前に立つ。
「茉莉ちゃん! 誤解だから! これは亮介が勝手に、私が寝てる間に、寝込みが、弱点……!」
もはや何が言いたいのか。しどろもどろになっているに気圧されながら、茉莉が頷いた。
どちらにせよ、昨夜は亮介と一緒だったということがばれてしまった。
「亮介、後で殴る……!」
わざわざ誤解を招くような真似をしやがって。
はそう怒鳴って、荷物から着替えを取り出し、着替えた。怒っていても、身だしなみを整えることを忘れない。しかし、どう足掻いても、首に残る赤みは消えなかった。
「昨日、月森くんのところにいたの?」
「うん、まあ」
「いいなあ、仲良しで。月森くん、いつもちゃんのこと見てるもんね」
「そう?」
確かにそうだと思う。
茉莉のにこやかな笑みを見ていると、ついつられて顔が緩んでしまった。
「昨日だって助けてくれたし。いつもちゃんのこと目で追ってるんだよね」
「え、へへ」
朝食に向かっていると、他のメンバーと鉢合わせした。無意識に首元を隠す。見られたら、水沢や茉莉のようには信じてくれないだろう。
大あくびをしながら歩いてきた亮介を睨みつけると、彼はニヤリと笑っての頭を軽く叩いた。
「気づいた?」
「気づくっつーの、馬鹿!」
「良いじゃん、このくらーい」
「良くないよ、何でよりによって」
ここなの、と指さそうとした瞬間、女子部のメンバーが通りかかったのではサッと手を下ろした。
水沢と茉莉が気づいたから、他の人間にも気づかれたらどうしようと思っていたが、誰も気づかなかったようだ。が、彼女らはみんな、と亮介を見て声を上げて笑った。
「、朝帰りの気分はどう?」
「へっ!?」
「昨日、茉莉が大騒ぎしたの。が帰ってこないって」
「絶対月森のとこにいるってわかってたから、私たちは誰も騒がなかったけどねー」
恨めしげに茉莉を見ると、彼女は照れたように笑った。
どこで寝たの、などと聞きながら、わかっていたのだ。
「私たちが月森の下心から守ってあげようと思って威嚇してあげたのに」
「から月森に近づいちゃうんだもん」
「余計なお世話だったってことでしょ」
「ちが……あれはもともと亮介にはめられて」
必死の弁解も、聞いていた亮介によって台無しにされた。
「何言ってんの。だって俺にメロメロだったくせに」
「なっ」
「やっぱりね。と月森の仲は邪魔できないのよ」
「何だかんだ、のほうが月森に惚れ込んでるしね」
散々からかって、彼女らは逃げた。
残されたのは、顔を真っ赤にして震えていると、ご満悦のご様子である亮介。
彼は、の後ろから耳元に口を寄せて、囁いた。
「は俺のキスが好きだもんね」
「ざけんな!」
「だって、キスしよっかって言ったら素直になるし? 抱きついてくるじゃん」
「知らない! もう亮介なんか知らない!」
その日1日、が水沢のそばから離れようとしなかったのは言うまでもない。
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