「あーおいちゃん。いない?」
「? さっきまでここにいたけど」
「いたいた。でも、さっき出てった」
「なら、疲れたから早めに寝るって言ってたし、部屋で寝てるんじゃない?」
眉間に皺を寄せた亮介が無言で頷く。その不満げな様子に、葵たちはトランプの手札をベッドに叩きつけ、亮介に詰め寄った。
「ちょっと、またに何かしたんじゃないの!?」
「っていうか、何かしようとしてるんでしょー」
「なら茉莉と一緒の部屋だから、何かしようとしても無理だからね」
「うーん、俺って信用ねえなあ。あ、何ならぁ、が寝るまでみんなと遊んであっちょっ」
無情にもドアは閉められた。隔てられたドアの向こうから、最低、という言葉が聞こえて、亮介はうなだれた。
「良いもん良いもん。に相手してもらおーっと。ちゃんは何だかんだ俺に弱いしぃ」
「わっ!」
「うわっ!」
拗ねて独り言を言いながら角を曲がったら、向こうから現れた人とぶつかった。
とっさに腕を掴んで支える。
「……亮介」
「あ、! 寝たんじゃねえの?」
「んー、部屋に戻ったら茉莉ちゃんがいなくて。鍵も持ってなくて、仕方ないからまた葵ちゃんたちのとこで待ってようかなって」
目をこすっているは、本当に眠いのだろう。子供を見ているような気分になって、思わず頭を撫でた。
押しのけられるかと思ったが、は受け入れて柔らかく笑った。
「、俺の部屋、来る?」
「航たちは?」
「いるって。ウノやるって言ってたし、水沢もいると思うけど」
「拓もいるの? じゃあ行く」
自分の信用のなさに苦笑しながら、亮介はの手を引いた。
そうして。
「嘘つき」
「違うって! さっきまで確かに航と日暮里がいたんだって! その軽蔑したような目をやめて、ちゃん!」
部屋には誰もいなかった。航の荷物が散乱していて、確かにこの部屋に彼がいたことは間違いない。部屋を出て行こうとするを必死に引き止める。
いや、引き止めると逆にまずいのだが、このままではが誤解したまま葵たちの部屋に駆け込んでしまう。
「」
「む」
「信じて。誘ったときは全く下心とかなかったから」
「誘ったときは……?」
墓穴を掘った。
の目が不信感に満ち溢れ、亮介はいよいよ焦った。
の腕を掴む。は、振り払わなかった。ただし、あからさまに後ずさりをしたけれど。
「〜……」
「そんな声出さないでよ。っていうか、私は寝る。帰して」
「やだ」
どうしようか悩んでいる様子のを逃がさないように、抱きすくめる。びくりと震えた彼女は、しばらく硬直していたが、そのうち肩の力を抜いた。
「ちゃんとしたキスしようか」
「――うん」
背後のドアに背中を預けさせて、目を伏せたと視線が交わるのを待つ。初めてキスをした日から、彼女は全く変わらない初々しさを見せる。それが、何より亮介の心をくすぐった。
も、経験的に知っている。亮介が、目を合わさない限り、ひたすら待ち続けるということを。
意を決したのか、ゆっくりと視線が上に向かった。微かなまつげの震えまで計算されているかのようだ。
笑いかけると、もまたはにかみ笑いを見せた。
やっと訪れたこの瞬間に、完全に溺れた。
きっとお互いにそうだ。
がすがりつくように腕を回してきたとき、理性が頭の中から消え去った。
「――」
「っん……?」
「ダメ、かも」
瞬時に亮介の意図を察知したらしいが、サッと体を離した。
「やっ、亮介」
「ちょっとだけ」
「ダメ、だよ……! 誰か来たら」
「鍵は俺が持ってるし、誰か来ても入ってこれないって」
ちょっとだけで済むはずがない。
もそれをわかっているのだろう、いやいやと首を横に振った。
だいたい、部屋に二人で閉じこもって、居留守を使ったことがバレた時点で、何をしていたか、相手は理解したも同然だ。そんな状況を、が許すわけがない。
「」
「……っ」
「、お願い」
もう一度キスをして、の首筋を撫でる。
震えるを抱きしめて、彼女が言葉を発するのを待つ。嫌がっているのを無理やり押し切るようなことはしない。が好きで、だからこそのこの感情。
「……やっぱ、むり」
ごめん、と掠れた声で囁かれた。
が嫌がるのも無理はないし、自分もこんなギリギリの状態でというのは不本意だったから、納得せざるを得ない。
「、謝らなくていいから」
「ん」
「でも、もうちょっとこのままでいい?」
「……うん」
静かな時が流れた。部屋の外でも、物音一つしない。時々、が吐き出す息の音だけが聞こえて、亮介の神経を高ぶらせた。このままでは、落ち着けない。
が。
「」
「……」
「ん? ちゃーん?」
は、抱きしめられたまま、眠っていた。
「……え、ちょっと、どうしよ、この状況」
立ったまま眠るとは。
思わず笑ったら、体の力が抜けた。
ひとしきり笑って、の体を抱き上げる。
「ふあっ! りょ、りょーすけ!?」
「あ、起きた。、どっちか選んで」
「え、何を」
「航たちが帰ってくるまでここにいるか、お前か葵ちゃんたちの部屋まで運ばれるか」
一瞬悩みそうに見えただったが、すぐに首を横に振った。
「歩いて帰る!」
「ダメー」
ベッドの上に下ろして、再び抱きしめる。そのまま体重をかけて、押し倒した。
「」
「なっ……だ」
「おやすみ」
また何かされると思ったのか、顔面蒼白になったの頬を軽く叩く。
本当はキスしたかったが、したらまた火がつくに違いないから、我慢したのだ。の隣に寝転んで、手を握る。顔を赤くしたが、戸惑ったように亮介を見つめた。だが、その目も徐々に瞼を落としていき、彼女はついに目を閉じた。睡眠欲には勝てなかったか。そのうち静かに寝息を立て始めたの髪の毛にキスを落として、亮介もまた、目を閉じた。
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