、茉莉、花火やろうよ!」
「わあ、買ってきてたの?」
「ううん、月森に頼んだら、土屋くんと日暮里くんが近所のスーパーから買ってきてくれたの」
「!?」

どこからツッコミを入れればいいのか。は思わず額に手をやってうなだれた。

ー、花火やろうぜ!」
「そうだね、後輩に買わせた花火をね」
「うっ、ばれてる」

ニコニコとした表情で現れた亮介を睨みつける。
まったく、自分で行かず後輩に行かせるとは。女の子に頼まれて二つ返事で承諾したは良いが、外出するのが面倒だったのだろう。

「ごめんね、土屋くん、日暮里くん」
「いえ、平気です」
「お駄賃がわりにアイスおごってもらったんすよ」

アイスを食べながら嬉しそうにしている二人を見ていると、無性に頭を撫でたくなった。なんと可愛い後輩たちだ。
二人とも、花火を抱えて走っていってしまった。

「まあまあ、、とりあえず外行こうぜ」
「はあ……まあいいや。行こう」

 亮介も、自分を楽しませようとしてくれているのだ。後輩を走らせたことには目をつぶって、既に外にいるらしい他のメンバーの元へ向かった。

「花火って、久々」
「だろうなと思った。言ったろ、いっぱい思い出作ろうなって」
「――うん」

  誰もいないのを良いことに、廊下を歩きながら手を握った。
 やはり、亮介と出会ったことが、最大の幸運だったのかもしれない。彼がいなければ、高校時代の思い出など一つも残らないところだった。
 握り返された手の温度に、は微笑む。


「ん?」

 バケツと水は用意してるかな。
 そんなことを考えていたは、亮介に手を引っ張られ、わずかに背伸びすることになった。そうして、左手の薬指に触れた感触。

「……亮介?」

 いつもなら、ここから調子に乗って口にキスでもしようとして殴られるのがオチだ。だが、今回の彼は、薬指に口を寄せたまま、を見つめて動かない。
 引き込まれる。
 そんな錯覚を覚えたとき、ようやく亮介が口元を吊り上げた。

「続きは後でな」
「つっ……続き!?」
「航と日暮里を追い出して、と。後で俺の部屋」
「い、行かないからね!?」

 手を繋いで来たのはそっちだろ、と亮介が頬を膨らませた。
 そういうつもりじゃない、と言い返す。だいたい、こんな日に亮介の部屋に入ったら、それこそ飛んで火に入る夏の虫、という奴だ。
 手を振り払って、距離を置く。だが、亮介は何か勝算でもあるのか、涼しい顔をしていた。

「亮介さーん」

 救世主だ。亮介を探して現れたのは日暮里で、彼は困り果てているようだった。

「ライター持ってないっすか?」
「は? 持ってるわけねえじゃん。俺ら煙草やめてっしー」
「そうっすよね。誰も火のこと考えてなくて」
「マジで? 馬鹿だなー、お前ら」
「買いに行かせた奴が偉そうに」

 なにも知らない人間が見れば、コロッと騙されてしまいそうな笑顔を浮かべ、亮介が首を傾げる。可愛く振る舞っても、ごまかされてやらない。

「ん? ライター?」
「何、持ってんの?」
「うーん、持ってっかも。先行ってて」

 亮介はくるりと踵を返して、部屋のほうに戻って行ってしまった。
 日暮里と顔を見合わせて首を傾げる。亮介が火を持っているのなら話は早い。二人は並んでホテルの外に出た。

「はいはーい、ライターの到着ですよー」
「持ってたの?」
「あ、まさかまた煙草!」
「葵ちゃん、それ誤解。俺はもう煙草はやめたの。が煙草嫌いだし――」
「借りるぞ、亮介」

 航がライターを奪い取り、早速花火に火をつけた。
 暗闇が一気に華やかになり、全員がはしゃぎ出す。昼間、あれほど海ではしゃいでおいて、まだ元気が残っているのか。軽い疲労感のあるは、そばの石段に座り、楽しげな光景を見守ることにした。

、花火しねーの?」
「うわ、出たな」
「出たな!? そりゃねえだろ、俺はお前の何!」
「彼氏じゃないの? あ、下心に満ち溢れた、ね」
「後半いらねーよ!?」

 さっきのやりとりがなければ、普通に対応してやったのに。この男の場合、往々にして自業自得なのだ。
 は大笑いしながら立ち上がり、楽しそうに花火をする葵たちの仲間に入った。一方で、残された亮介の隣に現れたのは水沢だった。

「亮介」
「ん、おう。なら葵ちゃんたちのとこだけど?」
「うん、見えてる。それより、亮介は花火は?」
「俺はあれ専門だから。ロケット花火投げつけあう奴」
「ああ、やったやった。でも、はそういうの怖がるから気をつけてな」

 水沢に差し出されたコーラを受け取る。のことなら、水沢のほうが詳しい。もちろん、高校生にもなって、そんな遊びをするつもりはない。
 花火を見つめているの横顔を見ながら苦笑した。

「亮介、ありがとな」
「は?」
を、外に連れ出してくれて。俺は昔から知ってる分、親父さんの顔色窺っちゃうっていうかさ。三年目にしてようやく、と海に来れたよ」

 水沢はオレンジジュースを呷って、はにかんだ。
 毎回思うが、のことで誰かに感謝されるたびにむずがゆさを覚える。別に、を助けようと思って近づいたわけではない。最初はただ、他の女の子に声をかけるのと同じ感覚で、ちょっと可愛いからという理由で、軽く近づいただけだ。
 そのうち、彼女を知るたびに、もっと笑顔を見たいと思うようになった。守りたかったのは、彼女の笑顔だ。だから、亮介はごまかすように笑った。

「拓、亮介! 花火あげる。やろ?」
「ありがとう」
、火は?」
「あっ。航、ライター貸して!」

 航から投げて寄越されたライターを受け取ったが、それを見て目を丸くした。数秒、それを見つめた後、亮介を見上げる。

「亮介、これ」
「いや、まあ、ね? 俺の宝物だし」

 初めて会った日、にもらったライターだ。後生大事にとっていたのかと思われると、少々恥ずかしい。
 亮介はからライターを引ったくって、彼女の花火に火をつけた。赤い火花が吹き出して、は一瞬それに目を奪われたようだった。
 その花火に自分の花火を近づけ、火をもらう。同じ色の火花が噴き出して、足元が鮮やかに照らし出された。
 気づけば水沢は悠太たちのほうにいて、と亮介は並んで座っていた。

「中身なくなっても、大事にしてくれる?」
「は?」
「そのライター。使えなくなっても大事にする?」
「当たり前だろ」

 花火は消えて、二人の周りは再び暗闇に包まれた。立ち上がろうとしたの腕を掴んで、座らせる。
 きょとんとして振り返った彼女のほうへ身を乗り出して、口元にキスをした。唇ではなく、わずかにずれたことで、の反応が遅れた。
 ワンテンポ遅れて、目が円くなる。

「――っ」
「もう一回言うけど」

 キスをした箇所に親指で触れる。
 からかうように笑えば、は相変わらず硬直していた。

「続きは後で、な」
「なっ」
「ちゃんとしたキスが欲しいなら、後で会おうな」

 顔を真っ赤にしたは、逃げるようにして、水沢のもとに走っていった。彼女が会いに来るかどうかは、一種の賭けだ。ただし、かなり分のある賭けだけれど。



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