「海!」
「やっぱり夏は海だよねー」
 そういうわけで夏休みである。
 男子部と女子部の一部で、海にやって来た。目の前に広がる海を眺めて、女子部のテンションは鰻登りである。
 ただ、彼女らには一つだけ、不満があるようで。

「どうせなら、他の男の子が良かったな……」
「何で夏休みまであいつらの顔見なきゃいけないの」

 彼女らの視線の先には、早速海に向かって走っていく男子部のメンバーたち。
 もちろん、彼女らのそんな言葉は一種の照れ隠しのようなものだ。4月ならともかく、今では男子部を認めてくれているし、仲良く過ごしている。
 だからこそ、たまには他の男の子と楽しみたい、という気持ちが強いのだろう。恨めしげに見知らぬ男性たちを目で追う一部の女子部員に気づいて、は苦笑した。
は良いよねー! 彼氏いるし!」
「それを言うなら茉莉もでしょ」
「えっ、そんなことないよ!」

 と茉莉の声が、見事に重なった。
 そういえば、茉莉と火野がどうなったか聞いていない。ふと茉莉の顔を見上げれば、彼女の顔は真っ赤だったので、は聞くのをやめた。恐らく、聞いた分だけ、自分に返ってくるだろうから。

「っていうか、あいつら見事に私たちを忘れて楽しんでるし」
「何となく屈辱よね」
「男の子同士ではしゃぐのが好きなんだよ、あいつら。っていうか、女の子と遊ぶのに慣れてないだけ」

 亮介以外は。
 はぼそりと呟いて、他の女の子に何かを尋ねられ、愛想良く答えている亮介を無意識に睨みつけた。
 あれは、亮介が声をかけたわけではない。そうわかっていても、水着姿の女の子に嫉妬してしまいそうになる。
 そして何より、自分の周りにいる女子部のメンバーのスタイルの良さといったら。この中で、水着姿をさらせるはずがない。はいまだに、水着の上に重ねた服が脱げなかった。

ちゃん、かき氷買いに行かない?」
「あ、うん!」

 女子部のメンバーもそれぞれ波打ち際やら砂浜やらに散ってしまった。
 だが、はひたすら迷っていた。
 脱がなければ、泳げない。さっきから亮介が、さっさと来い、と視線で催促しているが、どうやら気を使ってくれたらしい茉莉と一緒に売店に向かった。
 やはり彼女は注目を集める。顔も、スタイルもいい。さらにこのひまわりのような笑顔。自ずと視線を引き寄せてしまうらしいし、男たちが放っておくわけがない。

「ねえねえ、2人で来たの?」
「俺らも2人なんだけど、一緒に焼きそば食べない?」
「……!」
「すみません、かき氷買いに行く途中なんで」

 茉莉に向かう男たちの視線を払いのけるため、はあえて眉間に皺を寄せた。どうせ目当ては茉莉だろうに、律儀に2人まとめて声をかけてくれるとは、ご苦労なことで。
 茉莉の腕をとって、大股で歩く。しつこい男たちはついてきた。こんなことなら、航でも連れてくるべきだった。
 意外にも、茉莉はこのような状況に慣れていないようで、おろおろと、を頼るように見下ろしてきた。ただし、とて慣れない状況である。しつこい男の対処には慣れているつもりだったが、残念ながら、亮介ほど物わかりのいい男たちではないようだ。

「今夜さあ、俺らここでバーベキューやって、花火するんだけど、一緒にどう?」
「……ちゃん」
「家はこの辺? 遅くなったら車で送ってあげるよ」
「私たち、友達と来てるんで」
「じゃあ友達も」

 話しかけてくる男たちを無視して、かき氷を2つ買った。
 の苛立ちは募る。一向になびかない2人に、さすがにしびれを切らしたらしい男たちが、肩に手を回してきたときには、この赤色の氷を頭からぶっかけてやろうか、と思ったほどだ。
 開放的になるのは自由だが、明らかに迷惑がっている女の子を無理に誘うのはマナー違反だろうに。
 その時だ。
 どこからか飛んできたビーチボールが、茉莉の隣に立っていた男の顔面にヒット。間抜けな音を残し、ボールは跳ね返っていく。

「ってえな!」
「茉莉ちゃん、大丈夫?」
「つ、月森くん」

 ボールを拾ったのは、口元を吊り上げた亮介だった。

「あっちに航がいるから、これ渡してきてくれない? あいつがそばにいれば、こんな空気の読めない野郎は近寄って来ないでしょ」

  彼は茉莉にボールを渡して、航のほうへ背中を押した。それから彼は、いきり立つ男たちを無視し、一直線にに近寄ると、肩に回された腕を掴んでどかしてくれた。
 ひどく重いように感じていたは、解放感を覚え、ため息を吐き出す。

「人の彼女に手ぇ出すのは反則じゃね?」

 男の手から解放されたのもつかの間、今度は亮介に抱き寄せられた。
 男たちが亮介を威嚇したせいか、わずかに注目を集めている。だが、彼は頓着せず、の唇に触れた。
 目を瞑る隙もなかったには、わかった。亮介は間違いなく、怒っている。

「何だよ、彼氏いるんなら先に言えっての!」
「マジで声かけて損したし!」

 男たちが逃げていく。
 やっと面倒な状況から逃れられて、はほっとした。集まっている視線も、大した問題ではない。

、あっち行こ」
「あ、うん」

 茉莉は、航たちとビーチバレーのような遊びをしているし、きっともう大丈夫だろう。
 かき氷を持ったまま、日陰のベンチに座る。
 謝るべきだろうか。はっきりと断っておけば、亮介の手を煩わせることはなかった。そう考えたが、意を決して亮介のほうを向き、口を開くと、何故か亮介も口を開いたままを見つめていた。

「……え、何?」
「俺も食べたい」

 一旦口を閉じてニコリと笑う亮介に、魅了された。気づけばかき氷を亮介の口に運んでいたのだ。

さ、それ脱ぐの禁止」
「へ?」
「その格好でも男が寄ってくるんだぞ? マジ、気が気でないっつーか。水着、見たいけど、他の男に見せたくねーし!」

 思わずぽかんとしてしまった。
 何を言うべきかわからず、また無言で亮介にかき氷を食べさせた。

「ちょっ、? 何か言えって。つか、そんな次から次へと……つめた!」
「あれは……茉莉ちゃん目当てだったよ?」
「いや、お前に触ってた奴は、完全にお前目当てだったね。俺が言うんだから間違いない」

 自信たっぷりに言う亮介を見ていると、つい納得させられそうになる。氷を口に含みながら、は曖昧に頷く。相手の顔など見ていなかったから、どんな目で見られていたのかもわからないが、亮介からは丸分かりだったようだ。

「お前さ、触られて嫌じゃなかったの?」
「嫌だったよ。暑苦しくて」
「え、そこ? そんな理由?」
「……」

 それだけのはずがない。見知らぬ男に下心を見せられて、平気な女がいるなら見てみたいものだ。
 ただ、それをどう表現していいかわからない。泣けばいいのか、怒ればいいのか。どちらにせよ、自意識過剰だと笑われそうだという妙な不安があって、無表情か作り笑顔しか見せられない。
 亮介は自分を可愛いと言ってくれるけれど、周囲にもっと可愛い女の子がいると、自信はしぼんでしまうのだ。

「……?」
「私」
「ん?」

 溶け始めたかき氷を、スプーンで崩す。
 思い返すと、触られた感触まで蘇ってきて、寒気を感じた。かき氷など食べたら、鳥肌が立つに違いない。

「亮介にだけ、可愛いって思われればいい」
「……」
「亮介にだけ見られればいいのに。そしたら、水着も平気。た、多分」

 いくら泳ぐためのものでも、肌を露出すると恥ずかしい。自信がないから余計に。それこそ自意識過剰だろうが、ああいったナンパ目当ての男に見られると思うと、寒気がする。
 泣きそうになって、縋るように亮介を見上げる。彼は苦笑して、頭を撫でてくれた。亮介に触られるのだったら、落ち着くのに。

「慣れてないんだよな、は。今まであんまり遊んで来なかったから、可愛いって言われるのも、ナンパされるのも、水着も」

 こくん、と頷いて、かき氷をかき混ぜる。

「じゃ、俺以外の男には見せないように、守ってやるから」
「うん」
「とりあえず、脱いでみる? やっぱ俺、の水着姿、一回くらい見たいし!」

 手を引っ張られて、立ち上がる。シャワー室に連れて行かれて、中に押し込まれた。
 さっきまで脱ぐなと言っていたのに、と多少不安を覚えつつ、着ていたTシャツを脱いだ。



 恐る恐る外に出ると、亮介が待っていて。

「うんうん、やっぱり夏は水着だな! 可愛い!」
「ダメ、やっぱり恥ずかしいよ!」
「逃げなくていいから、おいで」

 手を差し出されたので、そっとそれを取る。
 助けを求めて亮介を見上げると、彼はにこりと笑って、パーカーを差し出した。

「俺の。これ羽織ってれば肩が隠れるからいいんじゃね?」
「あ……うん」

 少し丈の長いパーカーを羽織ってみると、確かに安心した。
 亮介の手をぎゅっと握って、波打ち際に向かう。足を浸すと、その心地よさに何かが吹っ切れた。亮介を見上げて、笑う。

、いっぱい思い出作ろうな」

 彼がそう言った瞬間だった。は後ろから背中を押され、大きくよろめいた。完全に無防備だったのだ。
 も亮介も、二人して倒れ、頭から水をかぶる。振り返ると、航と水沢が楽しそうに笑っている。それはもう、二人が転ぶのが、彼らにとっての何よりの幸せ、とでも言うように。

「てめーら……」
「拓まで……?」

 茫然自失。
 そんなの一方で、亮介は航にも同じ目を見せてやろうと思ったのか、飛びかかろうとした。が。
 彼の手はによってしっかりと握られていて、立ち上がりかけた亮介は再び転んだのだった。

「幸せな奴は全員転べ!」
「はあ!?」

 航の涙ながらの訴えを聞き、亮介は意味がわからないと喚く。
 が説明を求めて水沢を見れば、彼は背後の砂浜を親指で指し示した。

「あれ。里中さんがまた火野に奪われたんだ」
「まだ茉莉ちゃんを諦められないんだね、航。で、拓はどうして私まで」
「決まってるだろ。を亮介に独り占めさせたくなかったから」
「拓……」

 悪戯っ子のように笑う水沢が、ビーチボールを差し出した。
 久しぶりに遊ぼう、そう言われて、の頭からはあっさりと亮介が消え去った。

「あ、ちょっ、

 水沢とはしゃぎ始めたを呆然と見つめ、亮介が唇を噛む。

「結局こんなオチかよ!」
「亮介、寂しい奴同士で砂山にトンネル掘ろうぜ……」
「そうだな、航……って、掘らねえよ! ちゃーん! 俺も混ぜてー!」
「あっ……俺も混ぜろ!」

 結局、こうなるのだ。
 はしゃぎながらビーチボールで遊ぶ男子部を眺めながら、女子部が呆れていたのを、彼らは知らない。



TOP NEXT